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レポート&インタビュー2021.12.8

アーティスト・イン・レジデンスができる、京都の個性的アートホテル

京都は、日常とアートの距離がとても近い。
少し散歩に出かければ、現代美術アーティストが描いた襖絵を寺院で見ることができる。その帰り道に少し路地に迷い込めば、京都に暮らすアーティストの作品を展示するギャラリーに出会うこともできる。

また、京都のアートは国際色も豊かだ。本年は、京都国立近代美術館で開催されたスイスの現代アーティスト、ピピロッティ・リストの展示『Your Eye Is My Island -あなたの眼はわたしの島-』(2021年4月6日~6月20日)が話題となった。さらに毎年秋には『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭』が開催され、1ヶ月間、街中が写真とアートに包まれる。KYOTOGRAPHIEは、二条城や京都文化博物館(別館)などの大型会場の展示の他、街中の町家やギャラリーなどでも展示が行われるのが特徴だ。
京都に住まう人々は、三軒両隣を接して暮らしを営むように、アートともに暮らしているのだ。

アートのインスピレーションに溢れた京都は、アーティストにとって、滞在して作品制作を行うのに格好の街だと言える。Airbnbなどで手頃な物件を滞在先にするのも良いだろう。しかし、京都のアートホテルのアーティスト・イン・レジデンスは、その滞在をより特別なものにしてくれるだろう。今回は、「住む」と「インスピレーション」という視点で、アーティスト・イン・レジデンスを行う京都のアートホテルを紹介する。

アーティストが住人であり社員「河岸ホテル」

河岸ホテル外観

「若手現代アーティストと世界を繋ぐ滞在型複合施設」を標榜する「河岸ホテル」がある京都市下京区、JRの駅で言えば丹波口のエリアは、そもそも非常に国際色豊かなエリアである。日々、ノルウェーやベトナム、中国やアメリカなど多種多様な国からやって来るサーモンやエビ、カニ、マグロにタラなど気骨のある輩から、イカやタコなどの軟体動物までが集まり、競りにかけられ、長旅の疲れを癒やす間もなく京都中の飲食店に運ばれていく。大量の発泡スチロールの箱をジェンガのごとくに積載し、場内を走り回る輸送車「ターレー」こそが主要交通機関、ここは京都の食材のレジデンス、「京都中央卸売市場」である。

そんな京都中央卸売市場のほど近く、それも元は青果卸売業を営む会社の女子寮兼倉庫をリノベーションしたというのがアートホテル&ホステル、河岸ホテルだ。同ホテルのアーティスト・イン・レジデンスは長期滞在を前提とした居住型だ。アーティストが居住できる共同住居(家具の有無と広さに応じて家賃が異なる)に、ホテル、制作スタジオ、ギャラリー、飲食店が併設されている。

「アーティストの幸せについて小学校の頃から考えてきました」と、河岸ホテルを夫婦共同で運営する日下部淑世さんは話す。日下部さんはアーティストとしても、金銭的にも成功していた画家である母のもとに育った。しかし、小学生の頃に母が自死してしまう。この経験から、日下部さんはアーティストの幸せは、金銭的な充足だけでは満たされないということに気がつく。こうした経験から生まれた河岸ホテルのアーティスト・イン・レジデンスは、アーティストが自身のライフスタイルをデザインできるように構想されているのが特徴だ。

「たとえば漫画家が、有名な漫画雑誌に載ることだけがその人生のゴールとしたとき、その漫画家の人生は幸せなのでしょうか? あるいはそのゴールを達成できなければ、その人は漫画家と名乗ってはいけないのでしょうか? アーティストというのは、アート作品をつくり、商業的に成功した人だけではないはず。河岸ホテルで過ごす日々の中で、創作と同時に、京都で、アーティストとして幸せに生きるための方法を見つけてほしいと思っています」(日下部)

河岸ホテルを運営する日下部淑世さん・扇沢友樹さん夫妻

日下部さんの話を通し、誰もが「アーティストのウェルビーイング」について考えるだろう。日下部さんは、アーティストを限られた「才能の人」だけではなく、社会へと開かれた「職能の人」としても見ている。そもそもアーティストというのはアティチュードを示す言葉であり、そのままでは、一部の売れっ子のアーティスト以外は職業にならず、社会生活もままならない。河岸ホテルでは、アーティストが自らの職能を生かしながらバランスのとれた社会生活を京都で営み、アーティストとしての才能を伸ばすための機会を、アーティスト・イン・レジデンスの中で提供しているのである。

河岸ホテルに入居するアーティストには、一般的なアーティスト・イン・レジデンスを提供する施設同様、面接が行われる。河岸ホテルの面接で特徴的な質問は、アーティストの人生設計に関するものだ。アーティストの創作におけるコンセプトを聞き、短期、中期、長期的な目標を整理しながら、どのようなライフスタイルを河岸ホテルで営むことができるのかを提案することが日下部さんの大家さんとしての仕事だ。

「若手アーティストの課題はまず制作場所と制作時間を確保すること。そしてアーティストの多くは美大・芸大に所属したり卒業生だったりするものですが、学校以外のコミュニティをつくるのがとても難しいのです。私たちはこうした若手アーティストが抱える課題を解決するための不動産活用事業として、河岸ホテルを始めました」(日下部)

 

1Fは展示やイベントを行えるオープンスペースであると同時にカフェ・バースペースとしても使えるオープンなつくり。

ホテルの形態をとった理由は、「アーティストの仕事を生み出す」ことと「アーティストやアート好きが集まりやすい状況」を同時につくれるためだという。そのため、長期滞在しても普通の賃貸マンションの家賃で制作スペースまで確保できるなど、料金面でも考慮されている。さらにホテルにすることで、国際的な広がりも持たせることができる。河岸ホテルには海外のアーティストやアート好きも訪れる。そこで京都のアーティストを紹介することで仕事の機会を生み出すこともできるとともに、海外の若手アーティストが滞在制作し、交流を持つことで、京都での活動機会を創出することもできる。

「お互いに求めるものがマッチすればホテルでアルバイトや正社員としてアーティストを雇うこともあります。最初の社員はアメリカ出身のアーティストでした。4月からは英語が堪能な新卒の方にカフェ・ホテル運営スタッフとして入ってもらっています。市場付近のエリアは良い意味でアジア的で(笑)、滞在する外国人にも人気です」(日下部)

河岸ホテルは、いってみればアーティストの生活力を養う場なのだ。そのため河岸ホテルの料金設定は、部屋の家賃とスタジオ利用料を合わせて一般的な賃貸マンションと同等程度だ。良心的であることはもちろん、一般社会に適応がしやすいようにこの価格設定になっているという。

 

4Fの家具付きのアーティスト・イン・レジデンス用のホステル。滞在は6ヶ月以下(面接なし、アーティスト以外も可)、月額77,000円+制作スタジオ利用料1100円/1日で利用可能。

地下のパーティション付きの制作スタジオ。

「必要であればアーティストの働き方に応じてホテルの運営自体を変えていくこともあります。たとえば現在、朝食のサービスはありません。もし朝早く起きられるアーティストが住人にいたら、朝食をつくって提供する仕事をお願いしたいと思っています。また、週4日働きたいという人がいたら、その人が働けるようにホテルのホテルの料金プランを見直すといった、運営自体を柔軟に変えていくこともできます」(日下部)

こうした取り組みの結果として、河岸ホテルのアーティスト・イン・レジデンスでもっとも多いのは、国内外の芸大卒の若いアーティストと、芸大出身ではない30代のアーティストだという。アートと国際性、そして社会性という要素が出逢い、互いに意見を交換し合える環境がこのホテルの日常風景なのだ。ちなみに2021年は、KYOTO GRAPHIEのサテライトイベント「KG+ 2021」として、木村華子の個展「[   ]goes to Gray」を開催した(917日〜1017日)。

「河岸ホテルの運営母体である株式会社めいは、働き方・暮らし方の発明と提案を主たる事業としています。河岸ホテルを運営する中で、どうすればアーティストの作り出した作品が、より多くの人々の暮らしの中に取り入れてもらえるのかを考えてきました。その実践として、今年度から京町家を含む日本の家屋をリノベーションし、アート作品を美しく飾ることのできるコレクターズハウスづくりにも取り組んでいきます」(日下部)

河岸ホテルは、滞在するアーティストにとっては非日常のレジデンスであると同時に、京都でアーティストとして生きる日常へとつながるための場だと言えるだろう。



河岸ホテル
京都府京都市下京区朱雀宝蔵町99

6ヶ月以下で滞在できるホステル(面接なし、アーティスト以外も利用可)は月額77,000円+制作スタジオ利用料1100/1日。 6ヶ月以上滞在できるシェアハウス(面接あり、家具なし制作スペース付き)は、初期費用6,6000円+額45,000円+共益費(水道・ガス・電気・wi-fi8,000円。すべて税込みの価格。レジデンス情報はホームページにて随時募集。https://kaganhotel.com/apply



 

作品の中に宿泊し、圧倒的インスピレーションを。「BnA Alter Museum

photo Tomooki Kengaku

四条河原町からほど近い場所にあるアートホテル「BnA Alter Museum」は、真鍋大度や河野ルルなど、現代の最先端で活躍するアーティストが手掛けたアートルームの中に宿泊することができる。このアートルームが、いわゆるアートをコンセプトに持つブティックホテルなどと一味違う点は、ホテルとしての客室を前提としてないということだ。前提はあくまでアート展示であり、部屋そのものがアートの展示室として設計されている。

「アートにおけるインスタレーションに用いられる技法と法規上で言う建築の技法では、たとえ見た目は似ていても思想としては背反する部分が多く見受けられます。前者が審美性を重視することで、ある時には耐久性を犠牲に作品を成立させることがある反面、後者は長期において機能することが基本的な前提となるからです。客室をアートの展示室として設計しているBnA Alter Museumは、ホテルであり美術館でもあると言うことで両者のオルタナティブを目指しているのです」と、アートディレクターの筒井一隆さんは話す。

BnA Alter Museumは、その設計思想をアートの作り手を第一に考え成立している。すなわち多様な外部ディレクターによって選ばれたアーティストとともにつくられたコンセプトがすべての部屋に採用されているのである。

たとえばサウンドアーティスト・AOKI takamasaの「TRAVELING ROOM」は、部屋そのものが音響に特化した仕様になっており、ベッドを4つのスピーカーと1つのウーファーが取り囲む設計になっている。宿泊者は様々な環境音や電子音を楽しむことができるが、これは「湯船のように音のフィールドに全身で浸かる」という発想を作品の源泉の1つとして持っており、アーティストの実際のスタジオと同じ要素を取り入れているのだという。

サウンドアーティスト・青木孝允による「TRAVELING ROOM」

「ホテルとして、そして美術館の新しい形を、予定調和ではない、体験の創造を目指しています。その体験とは、私たちの理想となっているクリエイティビティを創発する体験であり、宿泊前と宿泊後では、受動的な体験の当事者を1人の能動的な製作者へと変えてしまうような影響を与えるものです。私たちはそうしたある種のアート体験によるユートピア的状況をつくりたい気持ちで、BnA Alter Museumを運営しています」(筒井)

BnA Alter Museumで行われるアーティスト・イン・レジデンスは、そうしたアートの影響力をより広げていく活動として行われている。

BnA Alter Museumのアーティスト・イン・レジデンスは、テンポラリーな短期間を中心とした滞在型だ。企画によって異なるが、基本的には応募者に面接を行い、制作費と滞在場所を提供するというスタイルだ。

メディアアーティスト・真鍋大度による「continuum」

たとえば20212月に行われたアーティスト・イン・レジデンスは、緊急事態宣言を背景に、アーティストへの支援を目的として、FabCafe Kyotoと共同で行われた。コロナ禍において、美術展が軒並み中止・延期となる事態に直面し、アーティストはその活動に大きな被害を被った。また、その影響はホテル産業にも甚大な影響を与えている。その中でBnA Alter Museumは「1人でも多くのアーティストを支援する」ことを目的に、宿泊販売を一時停止し、アーティストの支援を行っている。

同アーティスト・イン・レジデンスは816日から915日の期間で第2回目が行われ、5組のアーティスト(GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAENukeme、小宮りさ麻吏奈、藤倉麻子、冬木遼太郎)が参加している。

「アーティスト・イン・レジデンスにおいてはさまざまな発見がありましたが、ひとつ興味深い点を挙げれば、アーティストによる京都のさまざまな事象とのインタラクションです。たとえば3DCGによる空間表現を得意とするアーティストの藤倉麻子は、題材に京都の北山杉を選んでいます。北山杉は、ひとつの母樹からクローンされて生産されていると言われています。彼女はこの生産方法と、CGソフト上のモデリングにおける複製操作とを重ねることで作品制作のアイデアの1つとしました。こうしたアーティストの視点を通して見る京都の風景は非常に新鮮です」(筒井)

アーティスト・イン・レジデンスの展示でも使われる、同ビル内にある階段を利用した展示スペース「SCG」。写真は秋山ブク、小林椋、小宮太郎、中田有美参加による企画展『TO SELF BUILD』(2019年)

アートの力、人間の想像力に触発されるという、インスピレーションに特化した体験がBnA Alter Museumの宿泊であり、アーティスト・イン・レジデンスだと言えるだろう。

「住む」と「インスピレーション」という視点から、2つのアーティスト・イン・レジデンスを行うホテルを紹介した。どちらも京都へ訪れて制作をするアーティストに、強烈な体験を約束するだろう。コロナ禍を超え、これからもずっと、京都には、鮮やかな想像力によって生み出されたアートが溢れていてほしい。アーティストのみなさん、ぜひ、アーティスト・イン・レジデンスにご参加を。



photo Tomooki Kengaku

BnA Alter Museum
京都府京都市下京区天満町267-1
 
Delax Double Room(一泊218,500円)、Delax Queen Room(一泊2名 23,500円)ほか。レジデンスはホームページにて随時募集。https://bnaaltermuseum.com

 

 

 

 



 

執筆
森旭彦(もり・あきひこ)
京都を拠点に活動。主な関心は、新興技術と人間性の間に起こる相互作用や衝突についての社会評論。企画編集やブランディングに携わる傍ら、インディペンデント出版のためのフィクション執筆やジャーナリスティックなプロジェクトを行なう。ロンドン芸術大学大学院メディア・コミュニケーション修士課程修了。