1.
2020年1月9日から3月18日の間、パリに滞在した。
予定では4月初めまでだったが、新型コロナウイルスの蔓延でパリのロックダウンが決定し、早期帰国することとなった。
この滞在は、おおさか創造千島財団と京都芸術センター、ヴィラ九条山による共同プログラム「アーティスト・イン・レジデンス プログラム インパリ 2019/2020」公募を経て得た機会で、私にとっては初のアーティスト・イン・レジデンス経験となる。また、パリに住むのも初めてだった。
滞在拠点となったのはシテ・アンテルナショナル・デ・ザール(Cité internationale des arts)内の「ヴィラ九条山」スタジオ。シテ・アンテルナショナル・デ・ザール(以下シテ)マレ(Le Marais)とモンマルトル(Montmartre)に拠点を持つが、私が滞在したのはマレの方だった。建物は1965年に建てられたものだが、スタジオ内は改装済みで新しく、制作スペースも広い。目の前にセーヌ川が流れ、昼間は観光客らしき人々が歩いている。橋を渡ったところには中洲のサン・ルイ島(île Saint-Louis)に並ぶ高級住宅群が見えた。(上層階の部屋からはノートルダム寺院も見えるらしい。)こんな地区に住めると思っていなかったので驚いた。
シテの敷地は広く建物も大きい。全部で320もの住居兼スタジオを有するとのことで、様々な分野で活動するアーティストが世界中から集まり滞在している。ほぼ毎週オープンスタジオやミニコンサートが開催されており、他のレジデントの作品を見聞きし語り会う機会には事欠かない。全レジデントに向けたランチミーティングも月に1度催され、ディレクターや施設スタッフとも交流することができる。施設内で行われるフランス語教室、版画アトリエや音楽・ダンススタジオもあり、有料で参加・利用可能だ。私はフランス語教室と、シルクスクリーンアトリエを利用していた。知り合いが少ない滞在初期はフランス語教室が顔見知りを作る良いきっかけになったし(けれど全レベル向けの授業なので、初級レベルの最初は聞き取るので精一杯!)、版画アトリエはパリ在住アーティストも利用しており、輪が広がった。また、滞在者には一部美術館が無料や割引、画材なども一部割引になるパスが発行される。
シテでのレジデンスは、アーティスト自身が直接シテに応募し、選考を経て滞在する場合と、各提携機関による選考の二種類あり、「アーティスト・イン・レジデンス プログラム インパリ 2019/2020」はアンスティチュ・フランセ(以下、「アンスティチュ」)とシテのパートナーシップの枠内で運営されている。このため、滞在期間中は現地アンスティチュのスタッフがコーディネーターとして必要に応じ相談に乗ってくれた。他にも18名がこのパートナーシップによるプログラムで滞在しており、アンスティチュ主催の交流会やグループでのオープンスタジオの機会も設けられ、パリの美術関係者を招待してくれた。オープンスタジオは残念ながら中止となってしまったが、アジアだけでなく中東やアフリカのアーティスト、しかも、美術だけでなく映像、音楽、演劇など様々な分野で活躍する人達と繋がる機会を得た。
ただし、これらのことは事前にメールなどで届く情報(英仏語のみ)をよく読み、自分から問い合わせないと逃してしまう場合も多いので要注意だ。また、現地に行って初めてわかることも多い。例えば版画アトリエ。スタジオの利用方法などは普段利用している現地アーティストたちの間で決められているため、シテのスタッフに誰かを紹介してもらい、初めて使い方がわかる。不便さや必要に迫られた状況での出会いも海外生活の醍醐味ではあるけれど、不安な場合、受付の人を介して長期滞在の日本人レジデントを紹介してもらうと良いと思う。
2.
今回のパリ滞在は、人々から譲り受ける「いらない服」を用いたインスタレーション制作の素材収集を目的としていた。日本とアメリカの都市で暮らしてきた私が持つ「いらないものとの別れ」の感覚、特に自分たちの身体やアイデンティティ形成に一番近く、現代ではどんなバックグラウンドを持つ人にも必要な「服」に対し、他の人々がどのように感じるのか興味があり、それを形にしたいと思った。収集した服とその服についてのインタビュー回答がプロジェクトのメイン素材だが、最終的には回答者の声もインスタレーションの一部となる。服というアイテムを媒体に人々とモノとの別れを収集する最初の場所として、世界中から人が集まり、かつファッション都市の一つであるパリは格好の場所だった。
インタビューは私の滞在しているスタジオや協力者が選んだカフェ、もしくは自宅などで、一対一で行った。協力者にはいらない服を用意してもらい、「この服は、あなたの普段使う言語(母国語)でなんと呼びますか?」「これは、あなたにとってどんな存在ですか?」といった同じ8つの質問を全員に投げかけ、回答を録音した。回答はのちに文字に起こし、譲り受けた服にシルクスクリーンで印刷していく。思い出の服、ボロボロになるまで着続けた服、インタビュー当日偶然身につけていた服など、「いらない」服との関係は人それぞれで、会いはしたものの「服はずっと着続けるし捨てないからあげるものがない」という人もいた。
今回は3ヶ月という限られた時間のため、知り合いを介して出国前から協力者を募っていた。協力者は無償で参加、かつ英語がある程度通じることを条件としたため限られた層になったが、それでもパリで生まれ育った人や仕事でパリに移住してきた人、別の国からの移民など、私の日本での生活圏では出会えない人々と出会うことができた。また、彼らとの交流を通し、観光ではあまり行かない居住区や、若手アーティストらが移り住む地域に足を踏み入れるなど、ガイドブックで見る以外のパリも垣間見ることができた。
3.
やはり今回の滞在に関して、コロナウイルスの影響は良くも悪くも大きなものだった。
1月9日にパリに到着してすぐ中国武漢の情報が伝えられた。私は到着直後に予定していた美術館やギャラリー訪問をあきらめ、3月に予定されていたオープンスタジオと帰国後日本で開催予定の展示遂行に向けて資料収集と制作に集中することにした。
ところが3月に入ってもウイルス蔓延はおさまらず、フランス政府が100人以上集まるイベントを禁止し、3月18日に予定されていたオープンスタジオも中止となった。更には3月17日からロックダウン開始となり、予定していたインタビュー全てを終えられぬまま、外出不可能となった。それでも別の方法でリサーチと制作を継続しようと考えていたが、シルクスクリーンアトリエも閉鎖となり、作業ができなくなった私は帰国を余儀なくされた。長期滞在していた日本人アーティスト達とも2月半ばから仲良くなっていたため、協力し合い帰国した。私が知る限り、ヨーロッパ圏からのレジデントは即座に帰国する人、そのまま滞在し制作を続ける人など様々で、中止となったグループ展やオープンスタジオをオンラインで開催する人達もいた。アンスティチュ・フランセのプログラムを通し滞在していたアーティストの中には、帰国できず滞在期間を延長した人もいる。
感染拡大と死者の増加、ヨーロッパでのアジア人不信や暴動などのニュースの中、死の身近さについてのみならず、パリに滞在するアジア人としての自分、パンデミック下で美術制作を続ける意味などについて考えさせられた。また、今回、誰一人知り合いがいない中で始めたパリ生活だったが、プロジェクトや滞在を通し、これまで想像すらつかなかった国々や人々の生活を身近に感じ、思いを馳せるきっかけとなった。
初のレジデンス経験、想像していたものとは異なるものとなったが、それでも自身の制作には十分な成果を得たし、これからの制作にも影響を与える良い経験だったと、振り返って思う。また、国内外移動の計画が容易に立てられなくなった現在、今後の活動として、これまでに得た国内外の繋がりとインターネットを活用したプロジェクトや、国内のアーティスト・イン・レジデンスにももっと目を向けていきたいと考えている。
参加プログラム:アーティスト・イン・レジデンスプログラム イン パリ 2019/2020(おおさか創造千島財団、京都芸術センター、ヴィラ九条山、アンスティチュ・フランセ、シテ・アンテルナショナル・デ・ザール)
bit.ly/39YgZOA
滞在期間:2020年1月9日~3月18日
滞在機関:シテ・アンテルナショナル・デ・ザール
山村祥子 [Shoko Yamamura]
1984年生まれ、兵庫県在住。高校卒業後渡米、クリーブランド及びベイエリアで美術を学ぶ。帰国後、企業、ギャラリー勤務を経て活動再開。主に日常の行為や衣食住に焦点を当て、パフォーマンスや制作を行う。周囲の環境(もの・こと・ひと)に関して立ち止まり内省する、敬意や優しさを表すといった、自と他のコミュニケーションの在り方や他に向かう態度を作家自身そして作品がモデルとなり、問いかけ、提案することを大きなテーマとしている。
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