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レジデンス連携2020.3.17

ラウンドテーブル「アートを支える現場-アーティスト・イン・レジデンスを中心に-」

 アーティストや芸術に関わる人が、一定期間、普段の生活とは別の場所に滞在し制作や研究を行うこと、いわゆるアーティスト・イン・レジデンス(AIR)は、芸術家の活動を支援し、芸術が社会に存在するための欠かせない仕組みとなりつつあります。人々が世界中を流動するダイナミックな現代社会の変化に応じて、AIRはアーティストや社会からの多様な要請に応えるように多層的な広がりをみせ、それに伴ってAIRへの関わり方や関わる人も多様化してきています。京都市と京芸術センターは、AIR施設やプログラム、AIRに参加する芸術家、AIRに関わる人々のプラットフォームとして、シンポジウムやミーティングを通した情報交換や課題共有、共同プログラムの試行など、AIRの可能性を拡張させる取り組みを行っています。
 本稿では、ラウンドテーブル「アートを支える現場-アーティスト・イン・レジデンスを中心に-」(2018年2月21日開催/主催:京都市、京都芸術センター)で議論された6つのトピックのレポートを収録しています。アーティストにとっての制作やリサーチの機会としてだけではなく、アーティストが移動することにより社会に変化をもたらす可能性のある仕組みとして、アーティスト・イン・レジデンスはこれからも進化し続けていくでしょう。

 

#1 セルフビルドの場づくり

キーワード:マイクロレジデンス D.I.Y 

小規模ながらも個性的なレジデンスを運営している運営者を迎え、それぞれのセルフビルドの場作りやアートプロジェクトの取り組みについて話を伺いました。登壇者は、東京都杉並区で30年前からAIRを運営してきた、私設レジデンスの老舗とも言える遊工房アートスペースの村田達彦さん、京都の街を一つの大きなアートのプラットフォームとみたて、街中のオルタナティブな場でレジデンスプログラムを活用したまちづくりを展開しているANEWAL Galleryの飯高克昌さん、ファシリテーターには、旧病院の建物を活用し、鳥取大学と協働してアートプロジェクトやAIRを展開するHOSPITALEの赤井あずみさんを迎えました。みずから場所を立ち上げ、運営していく上での気づきや、挑戦、活動の展望などについて、それぞれの事例紹介を元に登壇者が互いの活動について質問し、ディスカッションが進行しました。

ファシリテーター リポート by 赤井あずみ

DIY、あるいはセルフビルドにおけるキー・コンセプトとは、「あるものをつかう」ということだろう。大層なプランや資金 は必要ない。単なる夢や思いつきに過ぎないように思えることでも、「ないからつくる」という内的な必然性/モチベーションと、創意工夫(加えて少しの仲間たちがいれば最高)さえ あれば、誰でも、今すぐに始められるものである。今回の登壇者たちは、これを実践してきた者たちだ。遊工房 アートスペースは、アーティストである村田弘子さんが友人・知人たちの東京での滞在場所として、自身のスタジオを提供していたことに端を発する施設である。インディペンデントであることと、アートの社会的意義の発信というふたつのミッションを拠り所に、常に「アーティストの視点」から運営す ることを特徴としている。一方、ANEWAL GALLERYはデザ イナーや建築家など約30名のクリエーターたちが集まり、京都市内の空き家の活用をきっかけに始まったスペースである。 都市空間における様々な人の暮らしの中に入り込んで、それ ぞれの興味のなかから活動を展開していくフットワークの軽さと組織力が魅力的だ。 往々にして「隣の芝生は青く」見えるものであるが、同じ青にもさまざまなグラデーションがあり、その土地や気候に根ざした青さを湛えている。そう、レジデンスは多様であっていいのである。それぞれの「あるもの」-材料や技術、場所や知恵といったリソースはいわずもがな異なっていて、異なるが故に個性あるものが生まれる。あるいはそうでしかあり 得ない。レジデンスにはひとつの理想や正解があるのではな く、多様で多彩な施設やプログラムがあることこそが答えな のではないだろうか。そしてその結論からは、数々の小さな個性が集まり、ネットワークを形成することで、独立しつつも相補的な関係性を構築することの可能性が自ずと導かれる。 本セッションに、私は未来を照らす光を見た。

登壇者

飯高 克昌|ANEWAL Gallery
大学で都市計画・建築設計を学んだ後、設計事務所勤務を経て2004年アーティスト・クリエイターと共にANEWAL Galleryを設立。”外に出るギャラリー”をコンセプトに通りや地下道、廃屋から重要文化財まで都市の様々な空間に おいて文化・芸術と地域・公共を繋ぐ活動を展開。人々のアクティビティによる空間資源の活用と創出、その在り 方を模索する。NPO ANEWAL Gallery 代表理事。上京クリエイティブネットワーク副代表。

村田 達彦|遊工房アートスペース
遊工房アートスペース共同代表。創作・展示・滞在のできるアーティストのための創作館を1989年に東京・杉並に パートナーである村田弘子と開設。アートを通した作家間の交流、多様な文化の違いを受け入れる土壌づくりを意 識した活動に努める。独自の運営を行うマイクロでアーティスト主導によるAIRプログラムを「マイクロレジデンス」と名付け、グローバルなネットワーク活動も推進する。

赤井 あずみ|HOSPITALE
鳥取県立博物館にて美術部門の学芸員として勤務したのちトーキョーワンダーサイトにてAIR事業を担当。その後 国際芸術祭や各地のAIRプログラムに携わる。2012年、鳥取市街地の廃病院にて展覧会「HOSPITALE」を企画、以来プロジェクトとして継続的に活動する。13年には旧旅館施設に「ことめや」をオープンし、コワーキング・ス ペースやAIR事業のほか、人の営みにまつわる事柄についての企画を実施する。



 

#2 学術×アート、産業×アート

キーワード:異分野交流 相互作用 コーディネーション

このセッションでは、「学術×アート、産業×アート」をテーマに、科学技術や地域の伝統産業とアートが 交差する機会としてのAIRプログラムを実践するプログラムコーディネーターを迎えました。佐賀県の伝統工芸である有田焼の生産地でアーティストを受け入れるCreative Residency in Aritaのコーディネーター石澤依子さん。東京大学数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)で、広報およびアウトリー チの一環としてレジデンスプログラムを展開し、アーティストと科学者の交流を行なっている坪井あやさん。ファシリテーターは京都芸術センターの勝冶真美さんが務め、それぞれが目指す理想のコラボレーションについて、事例をもとにディスカッションが展開しました。

ファシリテーター リポート  by  勝冶真美

日本のAIRにおいては、広く国籍やジャンルを問わずアーティストを受け入れ、滞在中のプロジェクトも規定されない汎用性の高いプログラムが多い一方で、アーティストにとっては この地域やこのプログラムだからこそ参加したいと動機づける特徴が見出しにくいという側面もあります。この観点から、リソースを活用した特色のあるAIRプログラムづくりについて、Creative Residency in Aritaと東京大学Kavli IPMUのそれぞれの事例を手掛かりにユニークなAIRプログラムについてのディスカッションが行われました。滑らかな地肌と繊細な絵付けといった高い技術力で知られる有田焼と、物理学や数学、天文学などの研究者により構成される最先端の宇宙研究所。全く異なるジャンルのAIRプログラムを運営されるお二人のお話しからは、それらをアートと 接続させるための細やかなコーディネーションの必要性を改めて感じました。「Creative Residency in Arita」では、プロダクトデザイナーから現代美術家まで、さまざまなクリエーターやアーティストが滞在し、彼らの希望に合わせて職人や卸会社と引き合わせ、 作品づくりやプロダクトのプロトタイプの制作などを行っていて、 そのマッチングにこそ、プログラム成功の鍵があると感じます。 東京大学Kavli IPMUでは、元々美術大学で学び、社会に接続された技術としてサイエンスに興味を持っていた坪井さんだからこそ可能な参加アーティストの選択が、このプログラムを魅力的なものにしています。アーティストと研究者が同じ施設に滞在する。この、隣人として存在し合う、ということには実際に共同で何かを作る、ということ以上に大切なことが含まれているのではないでしょうか。
アーティストにとっては、普段の生活では出会えない異分野の担い手と出会えることは、AIRに参加する大きな動機となります。「Creative Residency in Arita」や「東京大学Kavli IPMU」のような魅力あるプログラムが今後も増えていくことを願っています。

登壇者

石澤 依子|Creative Residency in Arita
Creative Residency in Aritaコーディネーター。イギリスの大学で建築デザインを学び、“形”のデザインだけでなく プログラムの重要性を認識。帰国後、街づくりのプロデュース会社で建築、デザイン、アートを横断する仕組みづ くりに従事。2014年からオランダ大使館と佐賀県の連携による2016 projectにプロジェクトマネージャーとして参加。デザイナーと有田焼のブランド開発を行う。16年から有田のAIRに携わり伝統産業の可能性を模索中。

坪井 あや|東京大学Kavli IPMU
立教大学社会学部、Chelsea College of Art卒業。2009年より東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)勤務。レジデンスプログラム、科学者と哲学者による講演会、科学者とアーティストがじっくり話すため のトークなど、サイエンスにアート/哲学を持ち込み双方向に交流する様々なパブリックプログラムを企画。サイエンス とアート/哲学の布置を非専門家の立会いのもと再考することで新たな人間像を伴う包括的な理念の形成を目指す。

勝冶 真美|京都芸術センター
京都芸術センタープログラムディレクター。京都芸術センターアートコーディネーター、公益財団法人有斐斎弘道館学芸員を経て、現職。現在はAIRプログラムや展覧会事業等を担当する。AIRの世界的ネットワーク組織Res Artis ミーティング参加やContemporary Art Festival Sesc_Videobrasil(サンパウロ)のResidency賞審査員を務めるなどAIR のネットワーク構築やリサーチを行う。



 

#3 アーティストとAIRプログラムのマッチング

キーワード:マッチング クライテリア 選び方

世界中の多様なAIRプログラムからアーティストが各々の目的や希望に適したレジデンスと出会うにはどのような方法があるのでしょうか。レジデンスのオーガナイザーがアーティストの選考で重要視する視点とは、運営側の思惑とアーティストの希望はどのように合致できるのか、AIRプログラムのより良いマッチングについて、数々のレジデンス施設でプログラムをコーディネートしてきた経験豊富なオーガナイザーをスピーカーに迎えました。さっぽろ天神山アートスタジオのディレクターで国内外のレジデンス事情にも詳しい 小田井真美さんをファシリテーターに、パフォーミングアーツに特化したレジデンス施設として、活発に事業を展開している城崎国際アートセンターからプログラムディレクター吉田雄一郎さんをゲストスピーカーに迎え、美術と舞台芸術のレジデンスの異なる特徴、レジデンスプログラムの制度設計と行政機関との関わり、アーティスト選考の基準やプログラムとのマッチングまで、わかりやすい解説を交え議論は幅広く展開しました。

ファシリテーター リポート by 小田井真美

アートを支える現場をAIRというコアな視点から切り取ると、その舞台上には「アーティスト」と「事業運営者(オーガナイザー)」の二つのタイプの登場人物が浮かび上がります。そこでは、アーティストのシンプルな参加の動機に対して、思ったより複雑なオーガナイザー側の事情や動機が絡み合って、現場ごとにドラマが生まれるのです。AIRの現場は生臭く、人 と人の関わりの場であるのが特徴です。それぞれの登場人物の一度しかない実人生に起こることだから、できるならばハッピーエンドで終わりたい。よい記憶とともに「こうしてまた人生は続く」にしたいですよね、とのお節介から、この分科会では「アーティストとプログラムのマッチング」について考えてみました。
事例紹介を担ってくださった城崎国際アートセンターの有り様からは、AIR事業を始めた行政(地域)の切実さを背景に、綿密なプランの構築と、明快なビジョンを提示したことで現在の高い評価を導くことになったという事実を確認しました。この事実はこれからAIR事業に着手するチーム、すでに事業開始しているAIRが次の段階に向かう再構築を行うケースにとってはテクニカルな参考になる事例でした。
アーティストはいつの時代もサバイバルを強いられてきました。現在のAIRの多様な現場は「アーティストを選ぶ」から「選ばれる」時代へと変わったことを自覚しなくてはなりません。アーティストもまた「選ばれる立場ではなく、選ぶのだ」 という意気込みを持てば得るものはもっとクリアになるでしょう。今日の日本のAIRをめぐる状況は、だからといってドライで殺伐としたものでは決してありません。この分科会での 参加者とのやりとりからも、時代の変化により、個性的な現場がさらに生まれる、いまある現場がもっと個性を主張することで本当の意味で社会や存在の多様性がアートを支える現場と同意語になることを温かく示唆する内容となりました。

登壇者

吉田 雄一郎|城崎国際アートセンター
トーキョーワンダーサイト、フェスティバル/トーキョーなどにてコーディネーターとして勤務ののち、兵庫県豊岡市の舞台芸術専門のAIR施設、城崎国際アートセンターのプログラムディレクターとして、レジデントアーティストの選定や主催公演等年間プログラム立案に携わる。北近畿・山陰地域の緩やかなアートネットワークを構想中。演劇カンパニー・マレビトの会のプロジェクト・メンバー。

小田井 真美|さっぽろ天神山アートスタジオ
Trans Artist(オランダ)で文化政策とAIRネットワーキングの研修とリサーチを経て帰国。現在はアーティストの 移動のためのポータルサイトMoveArts Japan運営(コマンドN)、VISUAL ARTS FOCUS(フランス)招聘など国内外AIR事業とその背景に関するリサーチ及びAIR事業設計や環境整備に多数関わる。アートとリサーチセンター及びさっぽろ天神山アートスタジオAIRディレクター。



 

#4 心魅かれるレジデンス環境とは?-アーティストの視点から

キーワード:環境 コミュニケーション 鈍感さ

日本国内から世界各地に滞在し、その地に根付いた文 化や環境に向き合った芸術実践を試行錯誤してきた アーティストが登壇し、「アーティストにとって魅力的なレジデンス」をテーマに展開しました。東アジアや日本国 内で活動し、「対馬アートファンタジア」の主宰としても滞在制作、展示の受入れを実践する彫刻家の黒田大祐さん。既存のレジデンス施設や枠組みにとらわれないDIYの滞在制作で、継続 的に人と場所に関わることを軸に作品に取組む山本麻紀子さん。 メディア・アート分野での活動を、芸術の中心から自然環境や地政学的に特殊な極地に赴き滞在制作を行っている三原聡一郎さんの進行で行われました。アーティストが「その場所に赴き、創ることにこだわる、その魅力は何か?」という根本的な問いから出発し、今日のAIRプログラムの増加と枠組みの整備がアーティストの選択肢を広げる一方で、アイデアを制限している現状にも触れ、AIRに携わる全ての人に向けた提言と活発な議論が展開されました。

ファシリテーター リポート by 三原聡一郎

セッションを2つの事実から始めた。まず既存のプログラムだろうと個人的だろうと、その時向かえる可能性=1/nだ。条件の「良い」公募だと、nは数千にも上るし、世界には面白い場所が溢れている。ともかくアーティストは限りなく受け入れられる立場である。前述の「良さ」は金銭面の充実としては共有 しやすい。しかし「面白さ」の場合、事態は複雑になる。面白さは出会いのタイミングであると仮定し、誰かにこれから起こり得る可能性の為に、ただ三者三様の事例紹介に徹した。
全体を通じて以下を実感した。短期間の生ものである滞在制作は、現場のケア体制も大きく関係することから、ある1つの企てに向けた共謀関係がアーティストと受入側で築けることが重要だと感じた。仕事であるから双方に遠慮は要らない。またプログラムのキャラクターについて時間軸という差別化の可能性が示唆された。一般的なプログラムの数週間~数ヶ月、一回という枠に、合致しずらい想像力を持つアーティス トを意識することは非効率に響くが、これだけ飽和したプログラムの中では逆にユニークさを獲得出来る可能性を感じた。
他、質疑を含めた幾つかあがったトピックとしては、宿泊施設の所有は、過去のアーティストの履歴を感じられる楽しみや、長期滞在が作品への深いコミットメントの可能性に繋がること。滞在中に他のアーティストと制作や寝食をシェアする状況は、今後の制作の可能性を秘め、その人的ネットワークは広報効果を生むこと。プログラムが担当者の裁量やモチベーションに依存することが多く異動や離職でゼロリセットされること。最後に理想のレジデンスについて、基本的な生活環境とサポート体制の存在(黒田)、現地情報を事前に知るための手段が充実していること(山本)、アーティストを物質ベースの作品制作者から、かの地を新鮮にそして正直に捉える探査機のような存在として認識してもらえていること(三原)という解答でセッショ ンを締めくくった。めいっぱい話したが、言語と家族の滞在に ついて全く触れることが出来なかった。またいつかの機会に。

登壇者

黒田 大祐|彫刻
広島市立大学大学院博士後期課程修了。地形や気候などの物理的環境と歴史などの人間の物語の関係性を手掛かりに、ビデオ、彫刻、インスタレーションなどを制作。近年、東アジアの近代彫刻史に関するリサーチを進め「不在の彫刻史」シリーズを展開する。主な展覧会に「対馬アートファンタジア」(対馬市街地、長崎)、「瀬戸内国際芸術祭2016」(旧三都小学校、小豆島)、「Bankart LifeIV東アジアの夢」(Bankart1929、横浜)等。

山本 麻紀子|現代美術
京都市立芸術大学大学院美術研究科構想設計を修了。2008年から約4年のロンドン生活を経て、京都を拠点に活動中。常識や習慣など日常に埋もれてしまっている事柄や疑問を糸口にして、他者とのコミュニケーションを発生させるプロジェクトを多数手がけている。ロンドン、タスマニア、パリ、水戸、京都、東京で個展・グループ展を行う。

三原 聡一郎|メディア・アート
音、泡、放射線、虹、微生物、苔など多様なメディアを用いて、世界に対して開かれたシステムを芸術として提示している。2011年より、テクノロジーと社会の関係性を考察するために空白をテーマにしたプロジェクトを国内外で展開中。これまでのAIRとして、北極圏から熱帯雨林、軍事境界からバイオアートラボ、芸術の中心から極限の環境に至るまで、計8カ国10箇所で行なってきた。



 

#5 国際アートプロジェクトを企画する

キーワード:ネットワークとモビリティー 多文化におけるキュレーション 対話と還元

国際的なアートプロジェクトや展覧会の経験が豊富なキュレーターを招き、企画やキュレーション実践の立場から、国際的な場でアートをとおして交流や発信をすることで、どのような反応や循環が生まれるのか、その可能性について議論しました。登壇者はポルトガル出身でロンドン在住、インディペンデントキュレーターとして様々な地域で展覧会を手がけてきたジョアン・ライアさん。オーストラリアとインドネシアを拠点にザ・インストゥルメント・ビルダーズ・プロジェクト(The Instrument Builders Project/ IBP)を展開するクリスティ・モンフリースさん、ファシリテーターはレジデンスや国際交流事業に携わるアート・コーディネーターの青嶋絢さんが務めました。今回、モンフリースさんは来日がかなわず、オンラインでの登壇となりました。IBPは異なる文化の背景を持つアーティストが集まりサウンドインストゥルメントの概念を拡張する新たな装置をつくる実験プロジェクト。アーティスト個人が持つスキル、リソース、アイデアを共有し創作をとおして文化的な差異や言語の壁を超えていこうという趣旨です。一方、ライアさんは映像など視覚表現をとおして社会のあり方を研究することから出発し、近年はアートが社会をいかに表象し、アートというプラットフォームの上で社会のダイナミズムがどのように展開しているのかに関心を寄せています。彼が携わった展覧会では、AIやインターネットなどのテクノロジー、人 間中心主義への批判とエコシステムなど今日の世界が直面するより大きな物語をテーマに取り上げました。二人の好対照な事例をもとに活発な議論へと展開し、フロアからはたくさんの質問が飛び交いました。

ファシリテーター リポート by 青嶋絢

「国際アートプロジェクト」という、いささか射程範囲の広すぎるテーマについて議論を運ぶことは雲をつかむようなことにはじめは思えた。そこで最初に「国際的」ということばは、立場によっておおきく異なることを前提とした。日本に住む私たちにとっては国外との交流そのものが国際的といえるが、国境 を接しさまざまな人が行き交う地域、世界中を移動する人に とっては、別の「国際」の文脈や感覚がある。この視座をもと にそれぞれの事例について考えてみると、モンフリースさんの IBPプロジェクトは参加するアーティストの文化的背景や地域 性、個人の表現にフォーカスしたミクロ的なモデルといえる。 加えて、アジア的な集合体(コレクティブ)によるアートプロジェクトの展開は広い意味でインドネシアのジョグジャカルタのアートシーンの様相を反映している。
ライアさんが手がけた展覧会では「ナショナルとドメスティック」、「ローカルとグローバル」といった地理や規模の対比ではなく、より複雑な次元、たとえばテクノロジー、仮想空間、生態系や経済圏などの事象が、今日の「国際的」なアートを考える上で重要であることを示唆している。ライアさんは、アート は決してそれだけの自立的なものではなく、より大きな社会の ダイナミズムによって形成されているものだと語る。ネットを 通して一瞬で繋がる時代に個人の問題もローカルな出来事も、もはやインターナショナルと切り離すことはできないだろう。結果的にふたりの事例はとてもよい対比をなしていて議論も弾 んだ。個人の表現をていねいに扱うミクロ的視座と世界を俯瞰 するマクロ的視座がまじわるところに「国際的なアートプロジェクト」を考える鍵があるのではないだろうか、そんなことを考えた。

登壇者

ジョアン・ライア|インディペンデント・キュレーター
ポルトガル出身。キングスカレッジ大学院映像コース修了。社会学、映像学、現代美術に関心を寄せ、哲学と社会 構造、テクノロジーと表象の関係性を探求する。これまでに『H Y P E R C O N N E C T E D』(モスクワ、2016)ほか、スペイン、ロシア、ブラジル、イギリスなど各国で国際的な展覧会を企画。キュレーターとして国際芸術祭 Contenporary Art Festival Sesc_Videobrasil(サンパウロ)に参加。

クリスティ・モンフリース|インディペンデント・キュレーター
オーストラリア出身、キュレーター、マネージャー、プロデューサー。2009年よりインドネシア・ジョグジャカルタを拠点とし国際的に活動。チェコ、オランダ、オーストラリアなどで展覧会を経験。クロスジャンルの芸術実践に関心を持ちThe Instrument Builders Projectなど、オーストラリアとインドネシアの芸術コミュニティーを繋ぐ企画を実施。持続可能性にフォーカスした新しいアートセンター Bumi Pemuda Rahayuのプログラムマネージャー。

青嶋 絢|アート・コーディネーター
アート・コーディネーターとしてレジデンス事業や国際アートプロジェクトのマネジメントに携わる傍ら、大阪大 学大学院文学研究科博士課程で、音楽、サウンドを中心とした領域横断的芸術表現について研究を進めている。「ART CAMP TANGO 2017–音のある芸術祭」キュレーター/プロジェクト・マネージャー、大阪成蹊大学芸術学部非常 勤講師、京都市立芸術大学国際コーディネーター。

#6 アジアのオルタナティブ

キーワード:アジア・アートシーン オルタナティブスペース 多様性

近年、注目を集めるアジアのアートと音楽シーンにおけるオルタナティブな場や活動を紹介し、現在進行 形のダイナミックな表現と人の交差をテーマにディスカッションを行いました。登壇者は東アジアの実験的な音楽シーンを独自の視点で取材し発信するウェブマガジンOffshore主宰の山本佳奈子さん、東京吉祥寺でアートスペースArt Center Ongoingを運営し、東南アジア9カ国、83箇所のオルタナティ ブ・アートスペースをリサーチしてきた小川希さんをファシリテーターに迎えました。東南アジアのアートシーンは公的な資 金、組織によって運営される施設ではなく、多くは私設のオルタナティブなアートスペースによって成り立っている事例が小川さんから紹介され、このような場所、人、活動に出会った経 験から、彼らが運営をオーガナイズ(組織化)ではなく「オーガニック(適当に)」な方法で行っているという話がされました。 一方、中国の実験的な音楽シーンの状況は主に中国独自のSNSを通じてシェアされ、日本では得られない多くの情報や活動が活発に起こっている現状が山本さんから紹介され、さらに、特 定の場所や組織よりも、人の繋がり、ネットワークでシェアされる価値観や情報によって、新たな次元のコミュニティがつくられるという状況について議論は発展しました。オーガニックという言葉に象徴されるように、整理された仕組みでは作ることのできない、曖昧で緩やかなつながりによって、アジア圏のアートが、現代の社会、政治の急速な変化に対してインディペ ンデント性を保ちながら生き残ってゆくひとつの柔軟な戦略といえるのではないかという議論がされました。

ファシリテーター リポート by 小川希

今回、山本さんから東アジア、とりわけ中国、台湾、香港と いった中華圏におけるオルタナティブな動きについて、具体的なお話を直接お聞きすることができたのは私にとって大変有意義な体験であった。当然のことだが、同じアジアといっても、社会的な状況はそれぞれの国で全く異なり、とりわけ山本さんからご紹介いただいた東アジアの中華圏の諸国で文化的活動を継続的に展開して行くことの困難さ(政府による検閲や高すぎる家賃など)については、考えさせられることが多くあった。私がリサーチを行なった東南アジア諸国のオルタナティブスペースは、まれに政府による検閲が入ることがあっても、以前ほど厳しいものではなくなってきているし、SNS 全盛の現代においてはそれらをかいくぐる様々な抜け道も存在する。政府や企業からの援助がほぼないという面ではどちらも変わりはないが、東アジアのオルタナティブな動きと東南アジアのそれとでは、サバイブの方法が異なるのだ。翻って日本はどうか?他のアジアの国と比べれば文化に対する様々な助成や援助が存在するし、美術館やギャラリーそしてレジ デンス施設なども数多く存在し、アジアの他のどの国よりも 文化的環境は恵まれているように見える。しかしそうした好条件と反比例するかのように、文化的なオルタナティブな動きはごくわずかしか見受けられないし、表現における自己検閲といった風潮もすでに珍しいものではなくなってきている。独自のサバイブ方法を発展させてきた隣国の様々な活動を考察する中で、私たちがこれから向かうべき方向を改めて考えるべき時期が今まさに来ている、そんなことを思った。

登壇者

山本 佳奈子|Offshore
アジア各地で活動する音楽家やアーティスト、小規模なお店の経営者やイベント企画者など、独立した表現活動を行なう人々へインタビューすることをライフワークとし、スポンサーを持たないウェブマガジンOffshoreにて記事を発表している。主に、社会と強く関わりをもつ表現や、メインストリームではない音楽に焦点をあてる。尼崎市出身、那覇市拠点。2017年9月より中国福州市にて語学留学中。

小川 希|Art Center Ongoing
2001年武蔵野美術大学卒。04年東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。大規模な公募展覧会「Ongoing」(02年~06年)を開催。独自のアーティストネットワークを基盤に、吉祥寺に芸術複合施設Art Center Ongoing(08年~)を 設立、同施設代表。また、JR中央線高円寺駅~国分寺駅区間をメインとしたアートプロジェクト「TERATOTERA」 チーフディレクターも務める。16年に東南アジア9カ国・83カ所のアートスペースのリサーチを行う。 

ラウンドテーブル
「アートを支える現場-アーティスト・イン・レジデンスを中心に-」
開催日:2018年2月21日(水)
主催:京都市、京都芸術センター
後援:関西広域連合
平成29年度文化庁文化芸術創造活動プラットフォーム形成事業

編集:青嶋絢、勝冶真美
翻訳:hanare×Social Kitchen Translation(プロフィール部分は除く)
写真:守屋友樹