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レポート&インタビュー2021.5.3

AIR on air オンラインシンポジウム – パンデミック下におけるアーティスト・イン・レジデンス レポート

ヴィラ九条山ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川京都芸術センターオランダ王国大使館は、AIR Network JapanAIR_Jの協力のもと、COVID-19感染拡大後から約1年経った現在におけるアーティスト・イン・レジデンスセクターの状況について議論するオンラインシンポジウムを2020年12月11日・12日の2日間にわたり共同開催しました。
シンポジウムについて、アーティストのジェイミ・ハンフリーズさんにレポートをしていただきました。

概要

「AIR オンエア・シンポジウム」は、フランス、ドイツ、オランダ、日本から、各国の文化施設の代表や、アーティスト・イン・レジデンス(AIR)主催者、アーティストなど、様々な立場の登壇者を招き開催されました。AIRや文化芸術全般が現在の新型コロナウイルス感染症の中で、どのような経験をし、どう対策をとってきたのかを共有する貴重な場となりました。京都で二日間にわたり4つのテーマのオンラインセッションが開催され、AIRや国際共同の未来は変化したのか、また近い将来、もしくはその先の将来にどのようにAIRが変わっていくのかを見極めるための、多岐にわたる見解が示されました。

AIRの現状

 12月11日に開催されたオープニングセッションでは、各国の文化施設やAIRの代表が、新型コロナウイルスの対策として各地で施行されたロックダウンや移動の制限が、それぞれの地域でどのような影響をもたらしたのかを報告しました。
 Relais Culture Europe のディレクターであるパスカル・ブリュネは、EU地域の文化芸術分野の経済が概算で20〜30パーセントの落ち込み見せたと説明しました。日本の状況については、京都市文化芸術政策監の北村信幸が報告し、ヨーロッパの国々と比較すると感染者数は少ないにも関わらず、文化芸術分野では多くのイベントや公演、展示会が中止、または延期され、後に活動が徐々に再開されるものの、公演数や、観客数は新型コロナウイルス流行前の水準には戻っていないと説明しました。AIRに関しては、どちらの地域でも甚大な影響を受け、計画されていた多くのレジデンス事業が変更、短縮、もしくは延期されました。日本のさっぽろ天神山アートスタジオのディレクターである小田井真美は、自身が副代表をつとめる、日本国内のAIRのネットワーク、AIRネットワークジャパンが実施したアンケート調査結果の概要を報告しました。回答があった62団体のうち、70パーセントがパンデミックという困難な状況にも関わらず運営を継続していると回答しました。国内のAIR運営者間で広く連携を取ることによって、日本国内AIR向けの情報共有イベントが実現されるなどの良い結果が生まれたと小田井は報告しました。
 パンデミックを受け、両地域の文化機関は、従来とは違う方法でアーティストや芸術業界へのをサポートを展開していきました。イベントやプログラムの中止や延期に伴う損失を補填するためのアーティストや団体に対する経済的な支援に加え、オンライ上のプラットフォームを創設するという形での支援も行われました。ゲーテ・インスティトゥート文化部門長のヴォルフ・イーロは、ゲーテ・インスティトゥートが設立した、家賃やスタッフの賃金、オンラインに移行するための必要な機材やトレーニング費など、インフラ面を幅広くサポートする基金 International Fund for Cultural Institutions in Need について話しました。この困難な状況に適切に対応するためには、予定された滞在や展覧会を実施するための時間を助成受領者に十分に与えるなど、柔軟さが必須であるということが登壇者の間で一致した意見でした。
 プレゼンテーションの後に行われたディスカッションでは、何人かの登壇者から、現在のAIRや文化芸術分野全般における脱炭素化の問題について、投げかけがありました。関わる人全員が今ここから、地域レベルでグリーン輸送を呼びかけ、地球に与える影響について考えていく必要があると強調しました。実施されないままのプロジェクトやパフォーマンスが山積みになったことで、従来の創作方法や普及方法に対する様々な疑問がパンデミックによって喚起されました。文化にまつわる経済のあり方の再検討が指し示しめされたのです。

コロナ禍におけるAIR戦略ーバーチャルレジデンスの可能性

 2日目のセッション1では、コロナ禍における戦略について議論するため、日本国内やEUの政府が運営する公共のレジデンスから、私営の「ミクロ」レジデンスプログラムまで、幅広いジャンルのAIRのディレクターを登壇者に迎えました。移動の制限は当然ながら国際的なレジデンスに大きな混乱を招き、多くの計画されていたプログラムの中止や延期が決まりました。bangaloREsidency (ゲーテ・インスティトゥート・インド) の館長クラウス・ハイメスは、bangaloREsidency が、実際のレジデンスが可能になるまでの「冬眠期」にどう移行していったのかを話しました。ゲーテ・インスティトゥート・インドが企画する幅広い文化プログラムの一部として行われている、bangaloREsidencyは特定の施設を持っておらず、その代わりとなるような施設を持つ地元のパートナーと提携を結んで運営しています。その結果、このプログラムは、他の宿泊設備を所有しているアーティストレジデンスプログラムほど、存続の危機には陥りませんでした。フランスのCité internationale des arts の総監督であるベネディクト・アリオと、日本のAIRYディレクターの坂本泉は、このパンデミックによって、滞在制作中に立ち往生したアーティストがいたことを話し、一方でそれをきっかけに Cité internationale des artsによって迅速な資金集めが行われ、AIRYでは地域からの強力なサポートを受けることができたことを話しました。既に計画されていたレジデンスからオンラインのプラットフォームへの移行方法や、アーティストや地域の人の希望にダイレクトに応答するために考えられたプログラムなど、数々のクリエイティブな戦略が紹介されました。利用されていない設備の効果的な使用方法の一例としては、移動制限が少ない地元のアーティストに使用してもらうなどがありました。実際のレジデンンスの代替としてのバーチャルレジデンスの実行可能性をめぐる議論では、意見がはっきりと分かれました。AIRで得られる物理的な経験や出会いは必要不可欠であるとされる一方で、Hotel Maria Kapel (オランダ)のクリエイティブディレクター、ミリアム・ウィストライヒは、AIRの根本的な役割はアーティストに創作する時間と場所を与えながら新しい考えを刺激することだとし、それはオンライン上のレジデンスでも可能であると反論しました。議論の後で付け足されたのは、芸術的な活動を行うための「場所」を持つという考えは、経済的に安定しているかどうかに強く結びついている。予算がついたオンラインレジデンスは、従来型とは異なりながらも、海外のレジデンスを経済的、または他の理由で実行できないアーティストに同等の「空間」を提供することが可能であるとしました。

パンデミック下におけるアーティストの創作活動とレジデンス

 セッション2では、パンデミックによって直接的、間接的に様々な影響を受けたアーティストが自身の経験を共有し、バーチャルレジデンスの可能性についての議論が更に深まっていきました。松戸(千葉県)の レジデンス Paradise AIRが主催したオンラインレジデンスに、活動拠点のオランダから参加したウィリー・ウォンフロア・ホフマンは、地域の住民たちと一緒に実現した共同プロジェクトは思いもしない方法で彼らの想像力を刺激してくれたと話しました。それぞれの住む都市環境を撮影した写真やビデオを双方で共有することによって、参加者との物理的な距離は次第に消え、親密な交流に発展していきました。このセッションでは、対面式のAIRによって提供される経験というものは変え難いものであるという総意は取れた一方、オンライン形式は新しい形のコミュニケーションや、関わり方を模索し育み、両方を合わせたハイブリッドAIRを将来発展させていく可能性を示してくれたという意見が交わされました。
 パンデミックの影響で美術館や他の文化施設などの多くが閉鎖される中、作品を世の中に届けることの難しさについてもこのセッションで触れられました。何人かの登壇者が計画されていた展覧会を人数を制限して開催、もしくはオンラインに変えるなど、現状にあわせた対応を行なったと話しました。日本のアーティストの安野太郎は、新しい観客を獲得するために自身のYouTubeチャンネルを開設したのは、パンデミックの状況に後押しされた部分もあると話しました。代替案として、レア・レッツェルは彼女の故郷ドイツの文化施設へ大胆な提案をしました。感染者数が上がっていく中で、消費を喚起するために商店などは再開された一方、文化的な場所は閉鎖されていた状況を説明したのち、感染者数を抑えるための独自の戦略を提案しました。文化施設が訪問者に対して万全な感染症対策をしているのであれば、商店を代わりに閉めてはどうか、というものでした。そのような政策の実行は不可能であると認めつつも、レアのコメントは文化振興をサポートする場所が直面している深刻な問題に意識を向けさせました。

レジデンスがもたらす変革ーAIRの将来

 最後のセッション3では、多くの人が未曾有の状況に直面しているこの時代に、AIRがアーティストをサポートする際に果たす、重要な役割に焦点が当てられました。アーティストであり、DuchCultureのAIR研究者でもあるハイディ・ヴォーゲルスも、パンデミックにより「ケア」の問題が、社会や、アーティストを迎えケアするAIRの分野においても取り上げられるようになったと話しました。ここ近年の社会的、政治的な不安の中で、ポジティブな変革をもたらすことを目標に、AIRが担う役割と責任について広い視点を持って議論することが必要であるということを、パンデミックは教えてくれました。
 一方で、議論は先のセッションで取り上げられた脱炭素化に戻って行きました。レジデンスにおいて物理的な空間を伴った経験が必要不可欠であることは概ね意見が一致した一方で、モデレータの石井潤一郎は「国境を超えたレジデンスを実施する際に生じる環境への負荷が正当化されるためには、この先どのような基準が必要だろうか」と問いかけました。それを受けて、今よりも長い期間のAIRが優先されるべき、であったり、一方で長距離の移動が必要になってくるAIRが経済的にも倫理的にも正当性が保たれるかをアーティストが判断することが重要となってくる、などの意見が出ました。
 このセッションでは、社会の異なる分野の人たちや、社会問題に直接的に関わり、思いもよらない場所で変化を生んだAIRの事例もいくつか紹介されました。中でも、フランスのLe Carreau du Templeの総合ディレクターである、サンドリーナ ・マルタンスが紹介したPact(e)プログラムは、一般企業のもとで主導するアーティストレジデンスを通して実施された、アーティストと従業員によるユニークなコラボレーションが印象的でした。コラボレーションの結果、普段あまり現代美術に触れない従業員が、直接アーティストと協同することで、自らの能力を感じることが出来ました。
 最後に開かれたクロージングセッションでは、モデレータの石井潤一郎に加え、オブザーバーとしてKESEN AIRディレクターである日沼禎子を迎え、シンポジウムを振り返りながら、各々が思うパンデミックがもたらした影響について考察しました。石井は、アーティストとして自身が今まで経験したレジデンスの経験を説明したのち、将来自分も経験するかもしれない問題に直面している他者に共感できる都市のあり方を発展させていくことの重要さをパンデミックという共通の体験が気がつかせてくれた、と自身の見解を示しました。物理的な移動に制限がかかり、オンライン上のコミュニケーションが増えていく中で、石井は商用飛行での旅やインターネットが普及する前の人々のように、再度想像力を使うことを私たちに促しました。
 日沼は、シンポジウム期間に繰り広げられた議論が、彼女がコロナ禍で考えていたことといかに共鳴したかを説明しました。「安全とホスピタリティー」をアーティストに提供する場という、AIRの本来の重要さを、AIRのオーガナイザーとして改めて考えていたのです。しかし、これは、AIRの主催者が予算や、社会貢献や、観客の獲得などに頭を奪われる中で忘れがちな点であると述べました。また、日沼はAIRの主催者が、レジデンスをオンライン形式で継続する場合に明示した方がいい3つの点を提案しました:1. 歓迎の意を引き続きアーティストに示し、近い将来レジデンスが再開された時、責任を持って彼らの安全を守ること明示する。2.異文化や社会問題を提供するなど、レジデンスプログラムとして、何らかの挑戦をアーティストに与える。3.体験を共有するプラットフォームを提供する。特に最後の点に関して、日沼は今回のシンポジウムで、プラットフォームを作る際のネットワークの大切さを感じたと強調しました。
 閉会のスピーチの中で、京都芸術センター館長の建畠晢は、パンデミックにより物理的なレジデンスが難しくなった一方、新しいコミュニケーションの形が生まれ、同じ分野の仲間たちとより深い対話を行うことが出来たと、シンポジウムの中で出た意見に再度触れました。その一つの例として、このシンポジウムは、オンラインで集まることの可能性を示し、議論の中で生まれた数々のテーマをさらに深く掘り下げる必要があるということを教えてくれました。主催者は現在、このシンポジウムで生まれた論点の中で、更なる議論が必要なものに焦点を絞り話し合う、簡単なフォローアップミーティングの開催を計画しています。「変革の担い手としてのAIR」というテーマもその議題の中に入るでしょう。

文:ジェイミ・ハンフリーズ
翻訳:山口惠子

AIR on air オンラインシンポジウム (2020年12月11日、12日)
オープニングセッション『AIR on air – レジデンスをめぐる欧州と日本の現状』 
パネリスト:ファニー・ロラン(アンスティチュ・フランセ・パリ本部 レジデンス部門責任者/フランス)、ヴォルフ・イーロ (ゲーテ・インスティトゥート ミュンヘン本部 文化部門長/ドイツ)、北村信幸(京都市 文化芸術政策監)、テオ・ぺータス(在日オランダ王国大使館 全権公使)

プレゼンテーション:パスカル・ブリュネ(Relais Culture Europe ディレクター/フランス)、朝倉由希(文化庁地域文化創生本部 総括・政策研究グループ 研究官)、小田井真美(さっぽろ天神山アートスタジオAIRディレクター、AIR Network Japan副代表)

イントロダクション&セッション1 『コロナ禍におけるAIR戦略』
パネリスト:ベネディクト・アリオ (シテ・アンテルナショナル・デ・ザール(パリ国際芸術都市)館長/フランス)、クラウス・ハイメス(バンガロー・レジデンシー館長、ゲーテ・インスティ トゥート・インド/ドイツ・インド) 、小田井真美(さっぽろ天神山アートスタジオAIRディレクター、AIR Network Japan副代表)、坂本泉(AIRYディレクター)、ミリアム・ウィストライヒ(ホテル・マリア・カペル クリエイティブディレクター/オランダ)

セッション2 『パンデミック中のアーティストの創作活動とレジデンス』
パネリスト:エリック・ミン・クォン・カスタン (振付師、造形作家/フランス)、レア・レッツェル (アーティスト・花火師/ドイツ)、安野太郎(作曲家/日本)、ウィリー・ウォン&フロア・ホフマン (アーティスト/オランダ)

セッション3 『レジデンスがもたらす変革』
パネリスト:サンドリーナ ・マルタンス (Le Carreau du Temple 館長 /フランス)、ピア・エンテンマン(Tarabya Cultural Academy、ゲーテ・インスティトゥート・イスタンブール/トルコ)、黒田大スケ(対馬アートファンタジア)、ハイディ・ヴォーゲルス(DutchCulture I TransArtists /オランダ)

クロージングセッション
オブザーバー・日沼禎子と司会の石井潤一郎によるまとめのセッション