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レポート&インタビュー2010.1.11

アーティスト・イン・レジデンスの現在 09:創造を生み出すベルギーとパリのオルタナティブ・スペース

久野敦子 公益財団法人セゾン文化財団 プログラム・ディレクター

2010年、4月から6月まで、文化庁の派遣事業でヨーロッパに滞在する機会を得た。目的のひとつは、アーティスト・イン・レジデンス(以下、「AIR」)の新しい展開のヒントとなるような「創造の場」のモデルを探すことにあった。私が所属するセゾン文化財団が江東区・森下に所有する演劇稽古場・森下スタジオの隣地に、新しく小さなスタジオとラウンジ、海外や地方からのアーティストや関係者が宿泊できるゲストルームを設置することにしたからである。

フランス、ベルギーなどを回ったが、その中でも小さな組織ながらユニークな活動をしている場所を二件、ここでは紹介したい。いずれも、ひとつのジャンルにとどまらない分野を扱い、アーティストの滞在制作から一歩踏み込んだサポートを行っている施設だ。ひとつは、フランスのラボラトワ・オーベルヴィリエ(Lavoratoires d’Aubervilliers)、もうひとつはベルギーのウェーページンマー(wp Zimmer)である。


ラボラトワ・オーベルヴィリエ(以下、「ラボラトワ」)は、パリ郊外の移民が多く住む町の一角にある金属工場を改装した非営利団体で、900㎡の敷地にスタジオが2つ、倉庫、工房、滞在アーティストのための住居、事務所を備えた施設を運営している。自分たちの団体を、芸術を探求するための研究のための道具と定義し、文化、社会、科学に関連する学際的なアート・プロジェクトを提唱する舞台芸術と美術分野のキュレーターを国内外から公募している。芸術的な方向性は、異なるバック・グラウンドを持つ複数名から成る30代、40代の若いキュレーターのチームに委ねられる。任期は3年で、プロジェクトによってそれぞれが専門を活かした役割分担をし、お互いの専門領域からリソースを提供し合うという協働作業を行っている。プロジェクトは、ジャンルを横断し、あらゆる芸術表現方法-ワークショップ、展示、公演、映像、対話-などを駆使して具現化される。

同団体には、その他に技術スタッフとパーマネント・スタッフと呼ばれる施設の運営・管理にあたるスタッフが6人いて、若いキュレーターの意向を実現させるための協働体制がとられている。資金は、オーベルヴィリエ市、セーヌ・サン・ドニ・ジェネラル・カウンシル、イル・ド・フランス・リージョナル・カウンシル、文化情報省からの支援を受けている。

ラボラトワで行われる事業は、そのプロセスと問題は定期的に開催される「ランデヴー(出会い)」という討議の場所で、アート関係者、地域の人々、一般の観客たちに公開され議論される。元々の発案通りに作品が展開されることよりも、ラボワトワでの発表やランデヴーでの議論によって作品が多くの人々と共有され変容されていくプロセスが重要だと考えている。最終的には、作品のプロセス/成果のドキュメンテーションが一冊にまとめられ世界に広く配布される。これまで過去には、ネイチャー・シアター・オクラホマ(米)やジェローム・ベル(仏)、アントニア・ベアー(仏/独)、ワリッド・ラード(レバノン)など多岐の分野にまたがるアーティストがここでプロジェクトを実施している。

筆者が見学したときには、レバノンのアトラス・グループ(The Atlas Group)の創始者の一人として世界的に知られるヴィデオ・アーティストのアクラム・ザアタリ氏(Akram Zaatari)が滞在制作をしていた。ちょうどプロジェクトの最終発表にあたるパフォーマンス「架空のイスラエル映画監督との会話:アヴィ・モグラビ(Conversation avec un cinéaste israélien imaginé : Avi Mograbi)」を観ることができた。これは、レバノンとイスラエル間の戦争の歴史をレバノンに住む1個人の視点からアーカイヴしていくというアート・プロジェクトの一環として上演されたもので、プロジェクト自体は、写真、オーラル・ヒストリー、映像、オブジェ、書簡、インスタレーション、パフォーマンスなどあらゆる表現方法から構成されており、ラボラトワの目指すところとザアタリ氏の手法がうまく合致した好例だった(ちなみに、レバノンとイスラエルの交流は禁じられており、故に実在する二人の映画監督が出演しているのだが、これは架空の人物、ということになっている)。

キュレーターは、ダンスと美術分野出身の3人からなるチームでまだ就任したばかりだったが、まさに全身全霊を傾けてザアタリ氏のプロジェクトをサポートし、彼から何かを学びとろうとしていた。また、それを陰から支えるベテラン・スタッフたちとのチーム・ワークもプロジェクトを成功に導いた理由のひとつだろう。

実験的な場所であり続けるために若い人材が機関の芸術的方向付けを行うべき、というラボラトワの信念は揺るぎない。その信念が、若いうちからのプロジェクトへの責任と失敗も含めた得がたい経験の数々を3人に与え、キュレーターを大きく成長させる力になっていることは間違いない。AIRがアーティストの制作支援だけではなく、それを支える側の人材育成の場としても有効であることを認識した。

一方、ベルギーのウェーページンマーは、ブリュッセルから列車で40分程のアントワープの北部にあるトルコ移民が多く住む地域の一角にある、アーティストたちの創作のための場所で、特に国際的な活動を主眼にしている。大きな青い鉄の扉が入口を固く閉ざしているが、一歩中に足を踏み入れれば日当たりの良い中庭と大きな木が出迎えてくれる。元は野菜倉庫だったところを改装した建物で、其処此処にその名残を見つけることができる。劇場としても使えるスタジオ、キッチン兼ラウンジ、工房、倉庫、事務所、3~5名が宿泊できるレジデンスから成るコンパクトな施設で、近々中庭に面している隣地も買い取りスタジオを増やす計画があるそうだ。スタッフは、芸術監督、総務、制作、管理、技術者からなる5名だが、フルタイム勤務は芸術監督1名で、業務のほとんどを彼女が切り盛りしている様子だった。全体の予算は、フレミッシュ・コミュニティとアントワープ市からの助成金で賄われているが、滞在アーティストそれぞれのプロジェクトに対しても助成金を申請し、運営されている。

ウェーページンマーは、この場所を、駆け出しでまだ拠点をもつことのできないダンス、フィジカル・シアター、パフォーマンスなどの分野のアーティストたちのための「ホーム」と呼んでいる。レジデンス・プログラムは、短期と長期にわかれ、短期は、場所を必要としているアーティストであれば、2週間を上限に宿泊所とスタジオが提供される。長期は、芸術監督によって7人のベルギーで活動する外国人アーティストたちが選ばれ、同地での活動拠点が提供されるだけでなく、彼/女たちがベルギーで活動を続けるためのあらゆるサポート体制-ヴィザ、ソーシャル・セキュリティ、マネジメントから作品内容に関わるまでの様々な相談、また、非営利団体の登録、助成金申請、作品制作、公演、広報-まで、が供与される。期間は限定されておらず、ベルギーの舞台芸術界において自立した活動ができるようになったと見做されたときにサポートは終了になる。決まった選考基準はなく、芸術監督が、そのアーティストがベルギーで自由に自分のキャリアや作品を展開していくことができる人材であり、今、サポートが必要だと考えたときに、自らが声をかけ協働関係が始まる。毎年5月にブリュッセルで開催されるクンステンフェスティバルデザールに今年参加したエティエンヌ・ギュイロトウ(Etienne Guilloteau)は、ここのサポートを長く受け今年独立をしたフランス人の振付家だ。私が訪問したときには、ちょうどブリュッセル在住の振付家、日玉浩史氏が滞在中で、広いスタジオを自由に使いたくさんの書物を読みながら、何にも邪魔されることなく作品の構想に集中している最中だった。

私は今回のヨーロッパ滞在中、この2つのレジデンス施設のほかにも、国立の振付家センターやパリ市内にある修道院を改装した施設、劇場の中にあるレジデンスなど多くを訪ねた。それらは、どこも素晴らしいレジデンス施設だったが、それらと比べて、治安のよい場所とは言い難い場所にあり、建物もお世辞にもきれいとは言えないこの二つの施設を魅力的に感じたのはなぜだろうか?

その理由は、双方とも作品の発表は劇場に任せることにして、自分たちは徹底して新しい作品のインキュベーションとしての役割に徹する、その専門性にある。それは施設の充実だけでなく、サポートのための専門知識をもった人材が揃っていることも同様で、コンパクトな組織であることを利点に、非常に細やかで親密なサポートを提供している。また、国内外のアート・センターや、文化施設、フェスティバルとネットワークを組み、レジデンスで完成された作品が効率よく巡回または招聘されるような仕組みを作っている。これは、劇場制度と創作環境が日本に比して整備されているからという理由だけではなく、それだけ評価される作品を彼/女たちが生み出しているということの証なのだろう。

もちろん全てが順調というわけではなく、日本との共通の問題も抱えている。レジデンス事業が劇場での公演とは異なり社会の目になかなか触れる機会が少ない分野であり、外部の理解と支援を求めにくい点だ。それゆえ、レジデンス・アーティストたちのプロフィールや作品、プロジェクトを通しての広報は怠らない。ラボラトワのプロジェクトのドキュメントは外部の編集者たちによって仏/英2カ国語で作成された単なる報告書を越えた論考として充実した内容のものであるし、ウェーページンマーではレジデンス・アーティストたちの活動紹介のフラマン/英語併記の冊子を作り広く配布している。これらの努力は、自分たちの活動の重要性を知らしめるために大切な社会への働きかけであり、見習うところが多いにあると痛感した。

森下スタジオ新館は来年6月からの稼動が決まった。見て学んできたことの何分の一を実現することができるのか、潤沢ではない予算と人員の中、正直、前途多難ではある。しかし、ラボワトワもウェーページンマーも試行錯誤を繰り返しながら少しずつ現在の姿を作り上げていったことを考えると楽しみな部分の方が多い。AIRは美術界の方が先行して整備がされているように思うので、舞台芸術分野のAIRの運営というチャレンジにみなさまからのご指導をお願いする次第です。

Les Laboratoires d’Aubervilliers:http://www.leslaboratoires.org/
WP ZiMMER:http://www.wpzimmer.be/default.asp?path=x5wdth34