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レポート&インタビュー2010.5.24

アーティスト・イン・レジデンスの現在 04:ダイムラー・ファウンデーション・イン・ジャパン「アート・スコープ」(Art Scope)

江頭啓輔(ダイムラー・ファウンデーション・イン・ジャパン 理事長)
肥田暁子(特定非営利活動法人 アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト])
[聞き手]菅野幸子(国際交流基金)、柄田明美(ニッセイ基礎研究所)

ダイムラー・ファウンデーション・イン・ジャパンでは、企業の文化・芸術支援活動として、アーティスト・イン・レジデンスプログラム「アート・スコープ」を実施している。
「アート・スコープ」は、ドイツと日本の現代美術の若手アーティストが、ドイツ・ベルリンと東京都内のレジデンス機関でそれぞれ約3カ月間のレジデンスを行なうエクスチェンジ・プログラムである。
企業が主体となって行われているアーティスト・イン・レジデンスであること、1991年から長期的な視点で続けられていること、原美術館・特定非営利活動法人 アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]とのコラボレーションで行なわれていることなど、特徴ある、かつ先駆的なプログラムである。
今回は、ダイムラー・ファウンデーション・イン・ジャパンの江頭啓輔理事長に、「アート・スコープ」の目的、実践の手法、企業のメセナ活動に対する考えなどについてお話をうかがった。

「アート・スコープ」スタートの経緯

──まず、御社で「アート・スコープ」を始められた経緯についてお話を聞かせてください。

江頭──ダイムラーは、ドイツのみならず、135カ国に拠点を持っており、各国・各地域で「よき企業市民であれ」という企業理念を持っています。「アート・スコープ」も日本での社会貢献活動の一つとして、1991年にスタートしました。
この事業はそもそも、フランスの元外務大臣で芸術文化に造詣が深く、本社の役員を務めていたジャン・ フランソワ・ポンセ氏から「日本でもぜひアーティスト・イン・レジデンスを」という提案があり、立ち上がったものです。ポンセ氏の協力もあり、日本人アーティストがフランスのレジデンスの美しい村モンフランカンに3カ月滞在、帰国後に作品発表を行なうという形で、事業をスタートさせました。当時の日本では、アーティスト・イン・レジデンスは大変先進的な試みだったと思います。


ダイムラー・ファウンデーション・イン・ジャパン 江頭啓輔理事長

「アート・スコープ」の新たなスタート──危機が生んだ大きな成果

──2003年からベルリンとのエクスチェンジ・プログラムに変わっていますね。

江頭──2001年に「アート・スコープ」のあり方を根本的に見直すことになったのです。
事業の評価を考えるとき、視点は2つあります。一つは量、もう一つは質です。「アート・スコープ」のようなアーティストの支援・育成事業は、量だけでは測れません。質を測ろうとすると、長期的な視点でその事業が及ぼした影響、社会的な重要性を考えなければなりません。この社会への影響や重要性が、企業のブランドづくりにとってはとても重要なのです。この考え方を社内に説明し、事業継続の理解を得た上で、活動内容の見直しを行ないました。
その際の見直しの方針は次のとおりです。
まず第1に、事業を手作りにすること。
展示、広報・宣伝など、事業者に委託していたものを、すべて自分たちで手がけることにしました。
2番目が、レジデンスを終えて帰国した作家の展示を美術館で行なうこと。
従来は、展示場所が特に定まっていないこと、そのため、告知が十分ではないことから、入場者が伸びませんでした。そこで、原美術館にレジデンスの成果を発表する展覧会を共催して下さいと参画をお願いしました。館長の原氏も若手作家の支援・育成という主旨に賛同して下さり、両者のコラボレーションで事業を実施することになったのです。また、作家の受け入れにあたっては、特定非営利活動法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT]の協力を得ることとなりました。
3番目が、レジデンスの場所をベルリンに移し、日本からドイツに作家を派遣するとともに、ドイツからの作家を日本に受け入れるエクスチェンジ・プログラムとすること。事業見直しの柱として、ドイツに本社を置く会社の事業であるということを重視したのです。
それに伴い、本社との関わりも強化しました。幸い本社にはアート部門がありましたので、協力を得るようにしたのです。ドイツからの作家の選考にあたっては、アート部門からの推薦を受ける。また、展覧会も、原美術館とともに、ベルリンの本社が開設しているコンテンポラリー・アート・ギャラリーで開催するといったことが可能となりました。
本社から認知され、協力を得られることは、メセナ事業としてのステータスもあがり非常に重要です。

──企業がメセナに取り組む場合、本業との関わり・連携が問われるようになっています。本社との連携が可能になったというのは、すばらしいことですね。

江頭──そうですね。企業の中のマネジメント・サイドにいる人がメセナの意義を深く理解し、関わることが、企業のメセナ活動を進めていく上ではとても重要だと思います。

本業を活かして広がる文化・芸術支援活動

江頭──ダイムラーでは、20世紀以降の作品を中心としたアート・コレクションを所蔵しており、ベルリンのコンテンポラリー・アート・ギャラリーで常設展も開催しています。
ドイツ本社で企画する展覧会では、教育普及事業(educational program)を行なうことが当たり前となっています。2006年に東京オペラシティアートギャラリーで開催した、本社が所蔵するアート・コレクションの展覧会「アートと話す アートを話す-CONVERSATION WITH ART, ON ART」の開催にあたっても、オリジナルワークブック(「アートコレクションのABC(“ABC of Art Collection”)」を作成しました。首都圏の小学生・中学生に楽しんでもらいたかったので、ギャラリー・クルーズ、週末キッズプログラムなどのプログラムを企画し、クルーズボランティアを集めました。なお、この展覧会でも、AITにも企画協力をしていただきました。
学校への声かけにあたっては、必要とあれば私自身が学校に出向き、校長先生や学校の図工・美術の先生にお会いするようにしました。

──トップの方が自ら出向いてご説明くださるとは、とてもありがたいことです。

江頭──そのときわかったのは、美術館訪問をしたいと思っている先生方はとても多いけれど、学校から美術館までの移動の安全性がネックになっているということです。
そこで思いついたのが、送迎バスの提供です。
ダイムラーは、三菱ふそうトラック・バス(株)の株主であり、私自身が三菱ふそうトラック・バス(株)の代表取締役会長ということから、本業を活かした支援として、子どもたちの送迎バスを運行することにしたのです。
当社では、2008年度から「ふそうアートバス」プログラムを試験的にスタートさせる予定です。将来を担う子どもたちのための「ふそうアートバス」は、企業が行なう社会貢献活動として、大きな意味を持ちますし、企業のイメージアップにも大いに貢献してくれればと思っています。

アーティスト・イン・レジデンスがもたらす効果

──長年にわたり、「アート・スコープ」というプログラムを実践されている経験から、アーティスト・イン・レジデンスは、アーティストや文化・芸術にどのような影響を与えるものだとお考えですか。

江頭──レジデンスというのは、住むということであり、「訪問」と「滞在する」には大きな違いがあります。「滞在する」という体験は、アーティストの創作活動に意欲と刺激を与えるものだと考えています。

──先日開催された、2007/2008年プログラムのヴィデオ・アーティスト、エヴァ・テッペ(Eva Teppe)さんのスライド・レクチャーを拝見しました。彼女が来日したときは真夏で、日本の街にあふれている蝉の鳴き声にとても驚くとともに魅力を感じ、蝉の映像をカメラやビデオに収めたという話を聞きました。こうした話を聞くと、日本で暮らす私たちが慣れてしまっている街の風景や音に対して、あらためて新鮮な気持ちを持つことができます。

江頭──そうですね。レジデンスは、事業そのものや効果が見えにくいと言われていますが、作家にとっては、異文化の中で送る日常生活が創作の糧になります。また、レジデンスの受け手も、作家を通じて視野が広がります。一人の作家の滞在が、文化のエクスチェンジ、交流につながると考えています。

──レジデンス事業では、期間中に作品の制作・発表が求められることも多いですが、「アート・スコープ」では、展覧会までに十分時間が取られていますね。これは、アーティストの視点に立ったスケジュールだと思います。

江頭──作家の中には、使いなれた道具、機材で制作をしたいと思う人もいますし、複数の作家が一緒に展覧会を行なうことは、彼らの交流、刺激にもなります。エヴァ・テッペもいろいろ素材を集めて持ち帰りました。来年の原美術館での展覧会が楽しみです。

──本日はどうもありがとうございました。

[2007年10月26日、メルセデス・ベンツ日本株式会社 会議室にて]