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レポート&インタビュー2010.5.23

アーティスト・イン・レジデンスの現在 01:秋吉台国際芸術村&IAMAS

原田真千子(秋吉台国際芸術村キュレイター)
河村陽介(情報科学芸術大学院大学[IAMAS] 情報支援専門職)
福森みか(メディア文化センター研究員)
[聞き手]菅野幸子(国際交流基金)、柄田明美(ニッセイ基礎研究所)

秋吉台国際芸術村(山口県秋芳町)は、世界に開かれた「芸術文化の創造と発信の場」として1998年に設立、滞在型創造活動を事業の柱とする公立文化施設である。他方、IAMAS(情報科学芸術大学院大学+岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー、岐阜県大垣市)は、メディアアート分野の人材を輩出している大学で、1996年からメディアアーティストを対象としたアーティスト・イン・レジデンス事業を実施している。
ともに10年以上にわたり実績と定評のあるアーティスト・イン・レジデンス事業を実施している秋吉台国際芸術村、IAMAS、この2つの事業は、今どのような方向に向かっているのだろうか。双方の担当者にアーティスト・イン・レジデンスの現況と今後の展望、方向性についてうかがった。
*両事業の詳細については、日本のアーティスト・イン・レジデンスデータベースを参照のこと

レジデンシー・プログラムの内容

──まず、秋吉台国際芸術村(以下、秋吉台)のレジデンシー・プログラムの内容を教えてください。

原田──秋吉台では、現在「サポートプログラム」と「フェロープログラム」、2つのレジデンス事業を実施しています。
「サポートプログラム」は、滞在期間を約2カ月半とした公募プログラムで、渡航費、滞在費、制作補助費、宿泊などかなり手厚い助成内容を提供するものです。同時に、作品制作、広報周知に関するソフト面のサポートも行っています。現在(2007年3月)、ヘイニ・ヌカリ(フィンランド出身、舞踊家)、ロイック・ストゥラーニ(イタリア出身、美術家)、マリーナ・フラーガ(ブラジル出身、美術家)の3人の若手アーティストが滞在しています。
一方、「フェロープログラム」は、アーティストに限らずリサーチャーも滞在出来るプログラムで、レジデンスのネットワークや他の芸術文化施設・財団、研究機関から渡航費とプロジェクト支援を得て来ることのできる方、および過去のレジデンスアーティストを、1週間から1カ月くらいの短期で受け入れるものです。秋吉台からのサポートは、宿泊の場所ならびにスタジオ提供等の施設・機具利用で、滞在中あるいは滞在が終わってから何らかの形で公開のプログラムを実施してもらうので、その費用は秋吉台で負担します。「フェロープログラム」で滞在するアーティストというのは、既に評価されている、あるいは将来的に評価されるべき対象のアーティストや、既にこちらで滞在制作の経験のあるアーティストであり、来村前から具体的にやりたいことが大体決まっているので安心感があります。また、山口に縁のあるアーティストを増やし、この土地やここに暮らすアーティストたちに新しい情報をもたらすメリットも大きいと思います。
一方、公募の「サポートプログラム」は若手が多く、日本に初めて滞在する人も多い。そういったアーティストは、この土地で新しいアイディアやインスピレーションを探したい、発見したいという思いの人も多く、2カ月半滞在する間に当初のプランがどんどん変化してきます。


原田真千子さん(秋吉台国際芸術村 キューレーター)

──IAMAS(情報科学芸術大学院大学+岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー。以下、IAMAS)の事業はいかがですか。

福森──IAMASは、メディアアートを対象とするレジデンシー・プログラムを実施しています。岐阜県の県立大学ですので、岐阜県の予算でレジデンス事業も運営しています。元々レジデンスプログラムには学生に対する波及効果と刺激を期待している面が強く、プログラムを始めた当初は、ある程度知名度のあるアーティストを招へいするという形でした。
ここ数年、公募が定着し、若手アーティストも増えています。制作費込みの滞在費、宿泊場所を提供し、渡航費として往復チケットを現物支給しています。

秋吉台国際芸術村宿泊棟

選考のスケジュール、基準

原田──秋吉台では、4月の初めから5月の終わりにかけて公募用の申請書を配布して、夏の終わり頃に締め切り、秋に選考会を開催し滞在アーティストを発表、1月から滞在というのが大体のスケジュールとなっています。
選考にあたっては、第1次選考として私たちレジデンス担当のキュレイターがまず絞込みをします。申請書を読み込めば本当に秋吉台に来たいかどうかというのはすぐわかりますね。2006年度は300件の応募者を大体5%くらいにまで絞りました。絞ったアーティストについては、再度詳細なリサーチをした上で、第 2次選考として外部選考委員による委員会を開催して、選考に際してはアーティストに代わってキュレイターがプレゼンテーションをし、最終的に選考委員がアーティストを決定します。
また、全ての申請書の内容をデータとして取りまとめ、私たちが5%内に絞ったアーティスト以外でも委員が見てみたいというのがあれば、申請書をいつでも見せることができるように努力しています。

福森──IAMASでは、2007年度は30組から申請がありました。毎年公募するアーティストの傾向は変わりますので、それぞれ、学内の各専門分野の先生に選考委員になってもらいます。選考委員会でアーティストの優先順位を決めて上位3組程度に絞り、それをメディア文化センター運営委員会で決定し、教授会で承認するという方法をとっています。滞在アーティストの専門に近かったり、興味のある教員が担当となって、アーティストを受け入れます。

──選定の基準はどのようになっているのでしょうか。

原田──2006度からは、特に地域の方々との交流プログラムの内容を重視して選んでいますね。申請書に交流プログラムを提案してもらう欄を設けているのですが、その提案内容から交流プログラムに対するアーティストの前向きな姿勢、そして実現の可能性を評価します。ただ、地域の方々との関わりはアーティストにとっても吸収することが多いですが、コミュニケーションばかりに偏ってしまうことは避けたいと思っています。

福森──IAMASの場合は、地域というより学生との関わりへの積極性ですね。レジデンスの初めに、3時間ほど、アーティストに自分の作品のプレゼンテーション、あるいはワークショップを義務付けています。その上で、学生が関わることが出てきた場合、アナウンスしてアシストの学生を募集しています。

──秋吉台の場合、ここ数年、舞台芸術ジャンルのアーティストも増えていますね。

原田──そうですね。ジャンルも多様になっていますし、出身国もバラエティ豊かになってきています。2006年度はアイルランドとポーランドからの応募が一気に増えました。アイルランドの場合、最近とても顕著な活動をしているアイルランドの現代美術館のレジデンスプログラムを通じて、アーティストたちに情報が流れたためのようです。

地域のアートセンターとの連携

──地域のアートセンターとのネットワークがあると思いますが、どのように連携されていますか。

原田──YCAM(山口情報芸術センター)との連携は、YCAMが設立された際に県からの強い要望もあり、比較的良好に進んでいまして、これまでにいくつかの共催プロジェクトを実施しています。例えば、「Lifeworks 発条ト」の新作創作公演では、1カ月にわたって芸術村でのレジデンスを行ない、YCAMでの公演を行いました。また、向井山朋子さんの全く異なる二つのコンサートをYCAMと芸術村2館で共同開催しました。
YCAMは山口市の中心地にあるので、より多くの方々に見て貰えますし、秋吉台とはホールの設備や専門のスタッフ数も違う。スタッフの専門性と場所や設備などの条件を考えると、やはりアーティストにとっては魅力的でしょうね。最も秋吉台でも来場者数のことを考えなければなりませんので、もちろん秋吉台にもなるべく多くの方々に来ていただきたいと思っていますが。

──秋吉台の自然や建物がアーティストの創作意欲を刺激するということもあるのではないでしょうか。

原田──そうですね。2007年1月には、是非制作に専念できる環境の秋吉台で行いたいということで、JCDN(NPO法人 Japan Contemporary Dance Network)の「Dance × Music」、これはコンテンポラリーダンスの「振付家」と「音楽家」のコラボレーションで作品創作を行うプログラムですが、この場合、短期レジデンスで受け入れ、公演を開催しました。このときは、稽古場はYCAMに貸していただきました。

地域との関わり方、評価

──事業に関わる中で、日本のアーティスト・イン・レジデンスがどのように変わってきているとお感じになっていますか。

原田──やはり、公的な団体が運営しているレジデンスに関しては、明らかに地域との接点をどれだけ持つかということに焦点が当たっていると思いますね。ワークショップや直接的な地域還元型プログラムがすごく増えてきています。
運営側としても、地域と関わりの強いプログラムを充実していきたいとは思っていますが、アーティスト・イン・レジデンスの本質も考え、アーティストたちの創造性をきちんと尊重できる環境を提供するということも考えていきたいと思っています。もちろん地域の方々にとっても新しい芸術体験の場所であるので、お互いに学びながらという関係が築ければさらに良いのではないかと思いますね。
レジデンスは、大勢の観衆が集まる公演やフェスティバルに比べると、一度に接することのできる方々の数が格段に少ない。その代わり、アーティストとの交流やコミュニケーションははるかに高いし、いわゆる、見るだけ聞くだけよりも濃密な芸術体験ができるのです。それは実際に経験をした人でないとわからない良さがあります。この点が、見えにくい、わかりにくいとも言われていますが、アーティストと接することにより創作の過程、アーティストの視点や考え方を知る良い機会となるのではないかと思います。今後の課題としては、秋吉台は市街地から離れているので、ここまで来ていただくのはなかなか難しく、試行錯誤をしているところです。


trans2007 ワークショップ

福森──IAMASでも実施規模は、実際は若干縮小気味で、これまで1年間に半年ずつ2組募集していましたが、2006年度からは半年1組にのみとなりました。今後は、教育機関としてのレジデンス事業の重要性を重視し、1カ月単位の短期型レジデンスの実施も検討しています。
また、宿泊施設は年間で借りているので、その場合は、滞在費のサポートはなし、制作スタジオとして学内のスタジオと宿泊施設を提供するということになります。

──今、文化施策、文化施設も評価を問われており、それはともすれば見直しや縮小とほぼ同義になっているという現状になりがちですが、数値で成果を提示しにくい、レジデンス事業は正当な評価を提示するのが難しいと思います。しかし、それゆえ戦略を関係者全員で考えていく必要があるのではないかと思います。

原田──日本でも、展覧会やアート・プロジェクトで創作する際、その場に実際に足を運んでリサーチを中心としながら制作する人が増えていますよね。でも、美術を見慣れていない人たちには、ぱっと見ただけでは作品の意図するところがわからない場合が多い。アーティストもキュレイターも、もっとアートの見せ方やオーディエンスへのアプローチの仕方を考えていかなければならないと思いますね。

アーティスト・イン・レジデンスの可能性、方向性

──レジデンスの体験はアーティストにどんな効果を及ぼすのでしょうか。

原田──今年度の場合、フィンランドから来日しているヘイネは、この人里はなれた環境が、むしろ制作に集中できて凄くいいと喜んでいます。秋吉台の長所は作品創作に集中出来ること。短所は、アーティストにこちらから照準を定めてその方向に向かっていくというアクションを起こさないと結果が出ないことでしょうか。初めてここに滞在するアーティストには、どこに何があるか、誰がいるか、どんなリソースがあるのかというのがわかりませんから、「こういう人に会いたい」、「こういうものが欲しい」と伝えて貰えば一緒にリサーチしながら進めることができるんです。

──受け入れ側が提供できる環境、可能なサポートを、アーティストの創作・制作に結び付けていくための方針、デザインをきちんと描くことが必要ですよね。例えば秋吉台は、これだけの自然に恵まれており、北欧系の人たちにとっては凄く過ごしやすい空間。また、アースワークとか、自然と関係を作るアーティストにも適している。そういった個々のアーティストの分野やバックグラウンドを大切にしていけば、アーティストにとっての成果も生まれてくるし、秋吉台の文化資源の発見や活性化にもつながってくるでしょう。

原田──やはり大勢のアーティストを受け入ることができれば、そういった点でも、可能性は広がりますね。海外では、芸術文化施設や機関・団体同士が協定を結び、双方でアーティストを交換するエクスチェンジ・プログラムが活発に行われていますし。

──日本でも、海外のインスティテューションとネットワークを持ち、アーティスト・イン・レジデンスに関する情報を国内外に発信していくインターフェースが必要になってきていると思います。今、日本で創作活動をしたいと願っている海外のアーティストの数は大変多くなっています。今後は、自分で何らかのファンドレイズやフェローシップを獲得したアーティストも受け入れるためのシステムやマニュアルを開発していく必要があるのではないでしょうか。そうすれば、滞在できるアーティストがもっと増えると思います。特に秋吉台やIAMASのようにハード、ソフトともに充実している施設でこそ、年間を通じてアーティストがいるようになると、刺激と創造の生まれる場所となるのではないかと思います。今日はありがとうございました。

[2007年3月10日、秋吉台国際芸術村にて]