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わが国のアーティスト・イン・レジデンス事業の概況


荻原康子(社団法人企業メセナ協議会)

“アーティスト・イン・レジデンス”とは

アーティスト・イン・レジデンス(Artist in Residence、以下、AIR)とは、国内外からアーティストを一定期間招へいして、滞在中の活動を支援する事業をいう。わが国においては1990年代前半からAIRへの関心が高まり、主に地方自治体がその担い手となって取り組むケースが増えてきている。
この小論は、およそ10年間にわたってわが国でAIR事業がどのように展開されてきたのか概観することを主な目的とするが、まずAIRが成立してきた欧米における状況を説明することから始めたい。

欧米におけるAIRの成立とその背景

アーティスト・イン・レジデンス」という言葉が生まれる以前から、それに類した活動は行なわれていた。フランスでは、17世紀頃からすぐれたアーティストに「ローマ賞」を贈り、ローマのヴィラ・メディシスでの滞在を褒賞として与えていたし、米国で「ブラック・マウンテン・カレッジ」が開かれ、アーティストたちに研修の場を提供し始めたのは1930年代のことである。また、サイト・スペシフィック★1な作品制作の際には、アーティストは現地に赴く必要があったし、音楽やダンスのセミナーやフェスティバルなどが各地で開催されるごとに、アーティストたちは国境を越えて行き来していた。
こうした状況が既にあるなか、1950年代から60年代にかけて、欧米においてAIRというシステムが誕生し、アーティストが異なった文化や環境に滞在し、創作活動を行なうことの意味を発展させていった。
それは第一に、AIRにおけるアーティストの滞在は、「作品制作」や「発表」に付随するものではないという発想である。
AIRは、あくまでもアーティストに構想や研究に没頭する時間を与えることを主眼とし、異なる環境や文化のなかで過ごすことで、彼らの創作活動に新たな展開を切り拓く自己研鑚や相互啓発の機会を提供するものである。こうした観点から、AIRでは何よりもアーティストの自由度が保証されるべきものとなり、展覧会やフェスティバルといった「発表」を前提として滞在する事業とは一線を画すものとなった。
第二には、従来の美術館や劇場といったシステムではカバーしきれない、新たな表現方法の可能性を模索する孵化場への渇望があった。
たとえば、ベルリンにあるキュンストラーハウス・ベタニエンは、その設立の発端をたどると1960年代末の学生たちによる反体制運動にまでさかのぼる。伝統的な芸術の概念を刷新するために自由な表現の場を求めていた当時の美術学生や若いアーティストたちが、無人化した建物を不法占拠して活動をはじめ、やがて州政府がこれを容認し、かつて病院だった古い建物をキュンストラーハウス(芸術家の家)として供したものである。ほかにも、閉鎖された学校や僧院、主を失った城や邸宅などをAIR施設に転用しているケースが多く、アーティストたちが表現の場を獲得していった経緯が見られる。そこには、すでに評価の定まった芸術に対抗するオルタナティヴな志向が息づいていたと言えよう。

わが国におけるAIRの萌芽

わが国において「アーティスト・イン・レジデンス」という言葉が広く認知されるようになったのは、近年のことである。それまでも、アーティストが海外のAIRに行くという活動はよくおこなわれていた。ニューヨークのP.S.1★2は、新進アーティストが世界デビューする場として知られており、毎年、ACC★3の助成を受けて日本から若手のアーティストが半年から1年ほど滞在していたし、文化庁の在外研修員派遣制度や企業財団による海外派遣の助成制度を活用して、各国のレジデンスを訪れている日本人アーティストも多い。
しかしながら、海外からアーティストを受け入れるとなると、展覧会やフェスティバルのための招へい事業とは異なる、本来的な意味でのAIRを日本に導入したのは、むしろ各国の在京大使館の方が早かった。これは、海外でAIRに対する関心が早くから高かったこと、また、創作活動の場として日本に魅力を感じ来日を希望する海外のアーティストが多かったことが主な理由と思われる。
オーストラリア・カウンシル★4では1987年に東京・門前仲町のマンションの一室を借りて「VACBスタジオ(通称:オーストラリアン・アーティスト・スタジオ)」を開き、また、1992年には、オーストリア大使館が神奈川県藤野町の古い民家を改修して「オーストリア芸術の家」とし、母国のアーティストを招へいしている。同じ1992年にフランス外務省が京都に「関西日仏交流会館ヴィラ九条山」を専用施設として独自に建設し、フランスから派遣されるアーティストや研究者が毎年10数名滞在している。

日本の団体によるAIR活動

国内で「アーティスト・イン・レジデンス」事業が大々的におこなわれた最初の例は、1993年の「TAMAらいふ21」であろう。多摩地域の東京都移管百周年記念の一環として行なわれた同AIR事業は、日の出町、五日市町(現・あきるの市)、八王子市、町田市の4市町にスタジオと宿泊設備を整えた施設が建設され、石彫、版画、織物、陶芸を対象とする各レジデンスに、国内外から4名ずつ計16名のアーティストが招へいされた。
一方、それに先んじて、AIRの考え方を基本として施設を整備したのが、1990年に開設された「滋賀県陶芸の森」である。陶芸家を志す者に創作の場を提供する創作研修舘とともに信楽焼の作品を展示する陶芸館もあり、地場産業とも結びついた信楽産業展示館などを併設した大型の施設となっている。
この滋賀県の例に限らず、自治体が主体となって運営されているAIRでは、美濃・紙の芸術村、瀬戸新世紀工芸館、武雄地域国際芸術文化交流事業など、地域の特性が強く打ち出されていることが多い。地域固有の文化や歴史、産業等に関連づけた分野のアーティストを対象とし、立地条件を活かすなど、まちの独自性を発揮しようとする傾向が強いのは、総じてわが国のAIRの大きな特徴であろう。AIR事業によく冠される「芸術村」という呼称からも、芸術によるコミュニティーづくりという意図が読み取れる。
また、わが国のAIR事業のおもな担い手が自治体であるのは、平成9年(1997年)に文化庁の地域振興課(当時)が「アーティスト・イン・レジデンス事業」を開始したことが大きな要因となっていると思われる。これは、AIR事業を文化庁、関係都道府県、関係市町村の共催事業として、全国10地域において3〜5年間継続して実施するもので、既存のAIR活動を支援するとともに新規事業の発足も促した。運営組織は実行委員会形式ながらも自治体が参画することが条件で、それに加えて企業からの協賛を得ているところもある。今回の調査に回答を寄せていただいた27件のAIRのうち14件が、過去もしくは現在、同事業の対象団体・施設である。

自治体主導のわが国のAIR事業

いずれにせよ事業の主催者が自治体主体となれば、アーティスト支援というAIR本来の趣旨以外にも、地域振興や地域の活性化といった要素が目的に加わってくるのは当然のことである。せっかく招いた創造的な人的資源をいかに地域に開いていけるか、いきおいプログラムは、地域住民との交流に重きが置かれた内容となってくる。各地でおこなわれているAIRの具体的な事業内容を見ると、その期待のほどが窺い知れる。アーティストは滞在期間中、スタジオを公開したり、トークやワークショップを行なうなど、何らかの手法で自らの活動について地域に公開することが求められている。ただでさえ成果の見えにくい事業なだけに、地域住民との交流なくしては理解を得ることが難しいわけだが、ここで、主催者側の力量が問われることにもなろう。
すなわち、交流プログラムによってアーティストの考えを知ったり、創造のプロセスに市民が参加することは、日ごろ芸術に触れる機会のない住民にも新たな回路を開くことになる。やり方次第では、美術館などでの作品と鑑賞者という一方通行の関係では味わえない双方向の交流による親近感と醍醐味を与えてくれることもある。だが、そうした住民サービスがアーティストにとって義務や束縛となった場合、不満の声があがることもあり得る。芸術支援と地域振興、自治体が主体となって運営されるAIRでは、この二つの方針のバランスをいかに取っていくかが常に課題となってこよう。

今後の展望

AIRは、アーティストの滞在から始まるソフト先行の事業であるだけに、ハード面での対応にはさまざまなヴァリエーションがある。「秋吉台国際芸術村」(山口県)のようにスタジオと宿泊施設を完備したものから、スタジオだけ新しく建てて宿泊施設は地元のマンションを借りている場合、あるいはスタジオそのものも学校や民家の転用や一時借用というものまである。ハードを整備した方が通年の事業展開がスムーズにはかられそうなものだが、現状では、数名のアーティストを一定期間、同時に滞在させる場合が多く、随時アーティストを受け入れている事業は少ない。
これには施設の整備以前の課題として、人的、予算的な面での受け入れ体制が必ずしも磐石ではないという事情もあり、また、数年間の試行をもってノウハウを蓄積しようとしているところもある。さらに、美術館や美術大学でもAIRの試みもおこなわれるようになっており、世界の第一線で活躍するアーティストを招くことで刺激を受けるなど、より専門性の高い相互交流が期待されている。アーティストやNPOが独自に海外のアートセンターとのパイプをつなぎ、優れた才能を招いているケースもある。今後、自治体だけでなく、多様な運営主体が生まれることが望まれるとともに、海外のAIR運営団体やネットワーク組織ともノウハウや情報を共有する必要性が高まるものと思われる。

★1──Site Specific。「場所を特定した」「場にこだわる」を意味する。
★2──ニューヨークの元・小学校(Public School 1)を改修して設けられたレジデンス施設。
★3──Asian Cultural Council。アメリカとアジア諸国間の文化交流を推進している非営利団体。本部はニューヨークにあり、日本にも支部がある。
★4──Australia Council for the Arts。日本の文化庁に相当するオーストラリアの文化振興機関。ただし組織・機能的には、英国のアーツ・カウンシルと同様に政府とはアームズ・レングスの関係にあり、独自に活動を行なっている。

[2001年7月]