AIR_J日本全国のアーティスト・イン・
レジデンス総合サイト

Twitter JPEN

AIR_J日本全国のアーティスト・イン・レジデンス総合サイト

articlearticle

ARTICLEレポート、インタビューやAIRに関する記事など

レポート&インタビュー2010.5.24

アーティスト・イン・レジデンスの現在 02:横浜市創造都市事業本部

仲原正治(横浜市創造都市事業本部)
永井由香(横浜市創造都市事業本部)
[聞き手]菅野幸子(国際交流基金)、柄田明美(ニッセイ基礎研究所)

横浜市は、「クリエイティブシティ(文化芸術創造都市)・ヨコハマ」として、文化芸術、経済の振興、魅力的な都市空間形成が融合した都市ビジョンを掲げ、さまざまなプロジェクトを実践している。その中で2005年度からスタートした「アーティスト・イン・レジデンス交流事業」は、横浜市のクリエイティブシティ戦略の中でどのような役割と位置付けで実施されているのだろうか。アート、そしてアーティスト・イン・レジデンスと都市戦略との関わり、今後の展望について、創造都市事業本部・仲原、永井両氏にお話をうかがった。
*事業の詳細については、日本のアーティスト・イン・レジデンスデータベースを参照のこと

横浜市のクリエイティブシティ戦略──クリイティブコアの形成

──まず、横浜市のクリエイティブシティ戦略についてお話を聞かせてください。

仲原──クリエイティブシティとは、基本的に、文化芸術で街の活性化を進めるという考え方です。横浜市では、クリエイティブシティを実現するため、「ナショナルアートパーク構想」「創造界隈の形成」「映像文化都市」「横浜トリエンナーレ」の4つの大きなプロジェクトを実施しています。
2つめの「創造界隈の形成」は、クリエイティブコア、つまり創作、発表、滞在の場を創り、アートを街の中に浸透させていくプロジェクトです。場といっても、横浜市では新しいハードを作ることは考えていません。今横浜にある歴史的建造物を中心とした遊休施設を活用し、横浜の個性を創っていこうと考えているんです。
スタートは、2003年の歴史的建造物を活用した文化芸術の実験プロジェクト、BankART1929(旧富士銀行、旧第一銀行。旧富士銀行は2004年12月31日で事業終了。)の立ち上げでした。この実験プロジェクトの過程の中で、BankART自体が発信力を強め、若いアーティストが集まるようになり、成果がみえてきた。そこで、実験事業から本格事業に移行したわけです。2005年にはBankART NYK(旧日本郵船倉庫)がスタートしています。
そして、2005年の横浜トリエンナーレの開催にあたり、市民サポーターやアーティストのステーションとして大きな役割を果たしたのが、横浜・創造界隈ザイム[ZAIM](旧関東財務局及び旧労働基準局)です。横浜トリエンナーレはディレクターとアーティストが会期中横浜に滞在し、ワーキング・イン・プログレスで作品が日々変わっていくという画期的なものでした。その中で、ZAIMが参加アーティストやサポーターが集まる場として非常に大きな役割を果たしたわけです。クリエイティブシティには、あそこにいけば誰かがいる、あそこにいけば何かがあるという場が大切だということを実感し、ZAIMをトリエンナーレ後も引き続きアートの拠点として活用していくことになりました。そのほか、2006年12月から、急な坂スタジオ(旧老松会館(結婚式場))も、演劇やダンスの拠点施設としての活動を始めています。


仲原正治さん(右)、永井由香さん(左)

アーティスト・イン・レジデンス交流事業──クリエイティブシティ戦略における位置づけ

──それでは、アーティスト・イン・レジデンス交流事業は、クリエイティブシティ戦略の中で、どのような位置付けでスタートしたのでしょうか。

仲原──もともと市長は、都市交流、特にアジア諸国の都市との交流をぜひ進めたいというアイデアを持っています。これからは国と国ではない、都市と都市である。しかも、アジアであると。クリエイティブシティの都市間交流として、2005年に立ち上げたのがアーティスト・イン・レジデンス交流事業です。従来のわが国のアーティスト・イン・レジデンスは公募型が中心ですが、我々がこだわったのは、場と場のつながりを創ることです。場がつながることで、ネットワークができ、お互いに高めあうことができると考えたからです。
初年度の2005年度は、台北國際藝術村(Taipei Artist Village)と横浜のBankARTとの交流事業を実施しました。成果も多いけれど、課題も出てきて、こういった事業は継続して実施していく必要があると思いました。今年(2006年度)は、台北、北京と2カ所で実施しました。2007年度は3カ所との交流事業になる予定です。

──課題として感じたのはどんなところですか。

仲原──市民性と言ったらいいのでしょうか、市民を巻き込むという面が少なかった。本来、アーティスト・イン・レジデンスは作品を作ることが目的ですから、市民との関わりということは、作家はあまり考えていないのです。一方、まちの活性化ということから考えると、市民、あるいはアート NPOとの共同事業といった形もあると思うんです。

──日本のアーティスト・イン・レジデンスの場合、評価やアカウンタビリティとして地域との関わりをまず一番に求めることが多いですね。でもおっしゃるように、アーティストは必ずしも市民と一緒に何かやることを求めていません。そこをどういうふうにアーティスト側に説明し、レジデンス側の条件として出していくかが大切になってくると思います。

仲原──そうですね。横浜に滞在したアーティストが10年後、20年後にメジャーになったとき、実は横浜に滞在していたということで評価・効果はあるでしょう。でも、行政としては20年先だけをみて事業を実施することはできない。そうなると、ワークショップなど、今直接地域に還元できるプログラムがあったほうが行政としての説明責任は明快だと思っているんですが、まだ我々のほうにそれだけの準備ができていない面もありますね。

永井──今年の北京との交流事業では、 北京から来日したアーティストに中華学院を訪問してもらいました。でもそれは最初から計画していたのではなく、たまたまそのアーティストが提案してくれたことから実現したことです。最初からそういった枠組みを作っておく必要があると思う反面、あまりそれをやりすぎるとアーティストにとっては窮屈になってしまう。そういった矛盾もあります。

仲原──ただ、何を「市民」というのかというと、住んでいる人も、商店街で商売をしている人も市民ですし、大きく言えば、企業市民という考え方もあり、非常に幅広い。ですから、一つの事業ですべての市民をカバーできるわけではありません。だから、ある程度ターゲットは絞られていてもいいと思っています。

──それは、クリエイティブシティという大きな枠組みの中でアーティスト・イン・レジデンスを位置付けて、事業ごとの役割分担をしていらっしゃるからではではないでしょうか。

仲原──ある面では役割分担をしていますが、行政内では、ともするとその役割分担が壁を作ることにもなってしまいます。それを僕らはやらないと決めているんです。だから、クリエイティブシティを実現するために必要であったら、まちづくりなど他の部局の範囲にも積極的に関わるようにしています。とにかく、僕ら自身が楽しんでやっているということですね。

──アジアとの交流ということでは、例えば福岡では、かなり早い時期から取り組みを進めていると思います。また、東京、大阪も今都市間交流に力を注ごうとしています。今後は、日本国内の都市間競争が出てくると思いますが、横浜市としてはどうですか。

仲原──我々は、クリエイティブシティを実現するために何が必要かということで動いていますから、他の都市のことは気にしてもしょうがないと思っています(笑)。アーティスト・イン・レジデンス交流事業も、単体として捉えるのではなく、文化と芸術を活用した総合的なまちづくり施策の一つです。アーティスト・イン・レジデンスというのは、アーティストが滞在するスタジオと住まいがあればいいというわけではない。そのまちの持っているにおいが必要なんです。横浜市は、歴史的建造物も含め、ZAIMやBankART、横浜美術館などアートの拠点がある地域に集中しています。点ではなく、面としての活動が横浜を魅力的にする。そう考えて事業を実施しているところが、横浜の特徴だと思っています。

クリエイティブシティ横浜の展望

──今、「アート」、あるいは「アーティスト」という言葉の意味を広げていく必要があると思っています。「アート」というと「ハイ・アート」を浮かべがちですが、これからは、まちづくりのプランナーやデザイナー、建築家なども巻き込んでいく必要がありますね。また、アートも産業とうまく結びついていく必要があります。アーティストにとって、産業や経済は弱い分野でもあります。クリエイティブコアとは、アーティストや、アートと産業、アートと経済を結ぶ人たちなどが集い、新しい発想で作品づくりや製品づくり、まちづくりについてアイデアを出し合い実現していく場であると思います。

仲原──そうですね。今の時点では、アートをビジネスという観点からみることは弱いですから、コンテンツ産業も含めて、アートの範囲、アーティストの範囲を広げていかなければならないと思います。アートとビジネスの連携をつくることがまさにクリエイティブシティの目指すところです。クリエイティブコアにはいつもアーティストやクリエイターなど誰かが滞在している、集まっている、そういう姿がいいと思っています。場に人々が集うことがまちづくりにどんな効果を生むかは、横浜トリエンナーレで実感していますから。そういた視点から考えても、今はまだ滞在期間も人数も限られていますが、レジデンス事業はとても大切な事業であると考えています。
横浜市では、今年(2007年)の7月にアーツ・コミッションという組織を立ち上げる予定です。アーツ・コミッションは、横浜市のアートに関する情報基地として、横浜で活動するアーティストやNPOへの情報提供、彼らのネットワークづくり、そしてアートを通じた地域活性化への働きかけといった役割を担います。運営は事務局を設置し、事務局とアーツ・パートナーズと呼ばれる複数のNPOが連携していくことになります。日本だけではなく世界から来るアーティストに、制作・創造、滞在などに関するさまざまな情報を提供できるような場にしていきたいと思っています。
次のトリエンナーレは2008年。すでに準備は始まっています。2008年のトリエンナーレを契機に、さらに文化芸術によるクリエイティブシティ横浜の活性化を進めていきたいですね。

[2007年4月10日、横浜市創造都市事業本部オフィスにて]