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レポート&インタビュー2023.5.24

レポート:京都芸術センターアーティスト・イン・レジデンスプログラム 2022/2023 エクスチェンジ:Quartier am Hafen  ジダーノワ アリーナ 報告会

2023年121日、京都芸術センターのアーティスト・イン・レジデンス(以下AIR)プログラムでドイツ・ケルン市のQuartier am Hafen(クワティア・アム・ハーフェン) にて2ヶ月間の滞在制作を行ったジダーノワ アリーナによる報告会が開催された。その様子をレポートする。

京都芸術センターでは、AIR事業の一環としてドイツ・ケルン市のQuartier am Hafenを海外パートナーとし、2016年からエクスチェンジ・プログラムを実施している。2022年度は京都芸術センターからの派遣アーティストとしてジダーノワ アリーナが公募により選出され、61日〜81日の2ヶ月間ケルンで滞在制作を行った。本報告会では、ジダーノワがケルンでの滞在制作の様子や成果について報告した。また、ゲストには前身事業であるKYOTO.KÖLNの派遣アーティストとして2012年にケルンで滞在制作を行った松延総司を迎えた。進行は京都芸術センターのプログラムディレクターの谷竜一が務めた。

ライン川散策

Quartier am Hafenは、ケルン都心部から歩いて3040分ほどのライン川沿いに位置する82のスタジオを有するケルンでも最大の集合アーティスト・スタジオである。2010年の設立以来、ケルン市の協力を得ながら、ケルンを拠点とするアーティスト支援だけではなく、国際的なAIRを実施している。

今回の滞在でジダーノワには日当たりの良いスタジオが提供された。滞在中のケルンは夏で21時頃までは空が明るかったため、映像作家でアニメーションを制作するジダーノワにとって、暗さをコントロールしたかったので制作作業に苦労もあったというが、生活空間としては爽やかな気持ちで過ごしたようだ。

滞在中にはQuartier am Hafenで開催していた展覧会の出展作家と合同のプレゼンテーションとオープンスタジオという形で、2度発表を行った。また、滞在中はベルリンビエンナーレやドクメンタ15などの芸術祭に行ったり、ドイツ各地や近隣の国にも積極的に旅をして過ごしたりしたという。この時期ドイツでは、燃料費高騰に対する政府の対策の一つとして、「9ユーロチケット」というわずか9ユーロ(約1,300円)でドイツ国内の(都市間を結ぶ長距離列車やバスを除いた)すべての公共交通機関が1ヶ月間乗り放題になる切符が販売されていたということで、ドイツ中を回ってフル活用したという。レジデンスプログラムは常にそのような社会情勢によって活動が左右される可能性をもっているが、ジダーノワの場合もまた、良くも悪くも活動の内容に影響を受けることになる。

レジデンスの目的

ジダーノワはロシアで生まれ、日本で育った。現在は京都を拠点に記憶や忘却をテーマに制作・研究をしている。自分の記憶や自分が忘れている記憶を集めて、それらを重ねたり並べたりすることで社会や世の中、文化が見えてくるのではないかと考えるなかで、2021年にはロシアに行き自身のルーツをたどるリサーチを行っている。このリサーチを踏まえて、それを他人に当てはめてみたらどうなるのか、違う人の記憶で作品を作っていくことはできないかと思い、今回のレジデンスに取り組んできたという。

ジダーノワは、このレジデンスのテーマを「出会い」として、多くの場所に行き、たくさんの人に出会って話をすることを大事に、そこで出会った人たちに記憶の話を聞くインタビューをして記憶を集めることを目的としていた。また、「海外へ行った時にはいつもやること」として、その場所で出会った素材を見つけて、それを使って何かやってみるということも実践している。

レジデンス先にケルンを選んだ理由について、ジダーノワは「ケルンというよりも分断と統合の歴史をもつドイツという場所が気になっていた」という。ドイツでの活動のために日本でドイツ語を勉強して準備を進めてもいて、「実際に現地での生活やインタビューにおいて最低限のスタートが切れる力があったことはすごく良かったと実感した」と事前の準備の大切さを語った。ケルンや様々な場所でのレジデンスプログラムに参加した松延も、現地で言葉がわからず苦労した経験があり、言語習得は重要だと話した。

ジダーノワは、実際に訪れたケルンという街の印象について「特に移民が多く集まっている印象を持っていて、実際日本にいる以上にさまざまなバックグラウンドを持った人に話を聞いていく中で、他の都市と比べて移民が多く集まる移住しやすい環境があり、外から来た人に対して寛容な街ではないかと感じた」と話す。その地域のことを何も知らないからこそ踏み込んでいけるという強みもあるが、一定期間生活し人と交流することで、そこに根付く地域性に気付けたり、自分自身に向き合うことができるのもレジデンスの重要なポイントだといえる。

滞在制作とテーマの深化

ケルン滞在中、ジダーノワはさまざまなバックグラウンドを持つ人にインタビューを実施した。レジデンス施設からの紹介者や、自分で街の公園で声をかけたりもして(6割ほど成功したそうだ)、最終的に20人ほどにインタビューを行い、記憶を集めることができたという。インタビューでは、自分が覚えている最初の記憶や小さい頃住んでいた家などについて聞いていき、その反応や答えを記録していった。インタビューで記憶の話を聞いたり、特に今ロシアやウクライナから移民や難民がヨーロッパ諸国に流れて来ている状況を目の当たりにしたりして、自身もまたロシアで生まれて日本で育った移民なんだと思い、そこから新たに「移住」というテーマが生まれていったという。

松延がつい先日まで滞在していたさっぽろ天神山アートスタジオでのレジデンスの話をきっかけに、移民や移動について話題が移った。ジダーノワが子供のころ、「学校や友達の間では自分が外国人という意識が全くない生活を送っていた」ことから、自身が初めてルーツを意識したのは小学校中学年のころで、お風呂で髪の毛で遊んでいた時に自身の髪の毛が金髪であることを再発見し、「私は日本人じゃないんだ。外国人だったんだ」と改めて感じる瞬間があったと語った。その後京都に来て、周りから外国人という認識で見られていることを感じることが多くなり、徐々に「自分は移住してきた移民なのか、外国人なのかと内面化していく中で移住や移民ということに興味を抱くようになっていた」と話した。そして、ケルンでのインタビューを行うたびに自己紹介をして自分の出生、ロシアで生まれて日本で育ってきたことを繰り返し伝える中で、自分のルーツのことや移住についてより深く意識するようになったという。

レジデンスの応募後にロシアのウクライナへの侵攻が始まり、ジダーノワは日本とロシアでのメディアの情報で誰の何を信じればいいかわからずモヤモヤした気持ちを抱えたままケルンへ渡っていた。ケルンではロシアやウクライナから逃げてきた人も多く見かけ話しを聞くこともできたようで、短期移住の人もいれば学校に通ったり、既に職に就いていたりする人もいて、移民が生まれる瞬間のような、人が移っていく状況を目撃し、それがロシアで生まれて日本で育った自身の生い立ちと重なったようだ。「移民とか難民の問題とか、ロシアとウクライナの話とか正直私にとっては日本にいるよりもちゃんと問題が可視化されて目の前でその人たちを見られて、すごく向き合いやすかったんです」と話した。

滞在終盤の729日、30日の2日間、成果発表という形でオープンスタジオを行った。1日目は暗くなり始める21時から深夜0時まで、2日目は13時から18時として、スタジオの1階にはアニメーションの作品をプロジェクションし(2日目は1日目に上映した作品を撮影した映像をモニターに流している)、2階にはケルンのリサイクルショップで購入したアルバム等を展示した。アルバムは偶然見つけたもので、「1950526日の結婚式の写真から始まり、新婚旅行、出産、誕生日会と20年分ほどの写真が詰まった、誰のものか分からないもの」だという。そこにはあるドイツ人の一般的なライフステージの記憶が記録されていた。

オープンスタジオの様子

1階の映像作品では、現地で手に入れた光を透過する布に白い絵の具でペイントしてスクリーンを制作し投影した。この布は帰国後、9月に京都の瑞雲庵での展示で、手を加えて展示している。また、11月には丸亀市猪熊弦一郎現代美術館での展示で、更に発展させインタビューで集めた記憶の声とともに出展している。

多様なレジデンスのスタイル

次に松延がケルンやラトビア、パリなどでのレジデンス経験を思い返して、ジダーノワと自身の滞在制作のプロセスやスタイルの違いの面白さについて語った。松延は「普遍的な要素を使いながら作品を作っているということもあり、滞在中はいろんなところには足を運ぶがあまり人と関わるということを強く意識せずに普通にそこで生活しながら、どういうことができるのかなっていうのを考えながら滞在していることが多い」という。そしてAIRについて、「レジデンス先で出会ったアーティストとの即興的なコラボレーションや人と自分の意見をぶつけ合って破壊しながら、再生しながら進むプロセスこそレジデンスの醍醐味であり大切な経験だ」と話した。

松延総司の滞在制作の様子(SCHILLING ARCHITEKTEN、ケルン)

ジダーノワは「人と会うこと、知ること、旅すること、作品の実験を行うことというテーマを持って取り組んだことで、実りのあるレジデンスとなった。旅のしすぎで疲れがでて作品制作が進まなかったこともあったが、後の作品につながっていくような、そういったピースを持って帰ることができたと思う。そして多くのアートやアーティストに出会えたことが何よりも嬉しかった」と振り返り、更に、「自分と向き合う時間になりました。それは、ロシアとウクライナの問題もそうだし、自分が記憶という作品のテーマに対して取り組むようになってから余計に感じるようになった部分もあるが、すごく思うことがたくさんあった」と、現地で身をもって体験することでの気づきと、今後の異なる地でのレジデンスへの展望も語った。

松延は今後の展望として、これまでのレジデンスの経験を踏まえて、「自分のスタジオを構えて、そこで人を呼ぶぐらいの気持ちでやることが大事なのではないかと思っている」と話した。

二人の話を踏まえて谷は、「社会的な緊張が高まる中では一層政治的な話題というのがしづらくなることが多いが、いろんな立場の人が自身で経験すること、そしてそれを持ち帰って伝える場があること」の重要さを強調し、AIRプログラムにおけるアーティストによって異なる滞在時間の使い方や選択肢、着目点の多様さに対応していく姿勢と、「多くのアーティストにレジデンスの体験をしてもらい、それがまた新しいネットワークになっていくよう、様々な地域の文化施設との関係を築き途切れないように」と事業を運営する側の意気込みを述べた。

(テキスト構成・編集:水野慎子)



ジダーノワ アリーナ(Zhdanova Alina)
ロシア生まれ日本育ち。映像作家。2021年よりキュレーターとしても活動。「忘却」について研究している。作家自身の記憶やルーツをモチーフに、鑑賞者の記憶と対話するような作品を作っている。国内外の映画祭や展覧会などに多数出展。「第2回CAF賞」最優秀賞。「Kyoto Art for Tomorrow 2021 −京都府新鋭選抜展−」では、最優秀賞とゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川国際交流賞を受賞。2021年に開催したグループ展「Symptoms−4つの思考と身体性−」でキュレーターデビュー。
https://www.zhdalina.com/

松延総司(Matsunobe Soshi)
1988年熊本県出身、京都在住。アーティスト。独自の目線で、物事の成り立ちや価値を探り、日常品と美術品の性質を併せ持つハイブリッドな作品の制作を行っている。近年ではパフォーマーとのコラボレーションや住居のリノベーションなども手掛け、活動の幅を広げている。
https://matsunobe.net/index.html

Quartier am Hafen(クワティア・アム・ハーフェン)
Quartier am Hafen(日本語で「港湾地区」という意味)は、ドイツ・ケルン市のライン川沿いに位置する大型集合アーティスト・スタジオ。2010年の設立以来、ケルン市の協力を得ながら、さまざまなジャンルのアーティストが制作を行う創造的拠点となることを目指している。ケルンを拠点とするアーティスト支援だけではなく、国際的なアーティスト・イン・レジデンスも実施している。
https://qah.koeln/de/

京都芸術センターアーティスト・イン・レジデンスプログラム 2022/2023 エクスチェンジ:Quartier am Hafen ジダーノワ アリーナ 報告会

日 時:2023121日(土)14時~
会 場:京都芸術センター 和室「明倫」(南館4F
登壇者:ジダーノワ アリーナ
ゲスト:松延総司
進 行:谷竜一(京都芸術センター プログラムディレクター)
https://www.kac.or.jp/events/33180/