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レポート&インタビュー2021.5.30

レポート:文化庁 令和2年度「アーティスト・イン・レジデンス事業」オンライン・シンポジウム

 2021318日(木)、国内のアーティスト・イン・レジデンス(以下、AIRと記載)実施団体、国内外のAIRプログラムに参加しているアーティスト、AIRに関心のある団体・個人が参加し、文化庁主催によるオンライン・シンポジウムが開催された。(共催:京都市、運営事務局は京都芸術センター(公益財団法人京都市芸術文化協会)および特定非営利活動法人アーツイニシアティヴトウキョウ[エイト/AIT])。文化庁は平成23年度より国内のAIR実施団体に対して、助成金の支援を行っている。

本オンライン・シンポジウムの参加者、運営者、意見交換会ファシリテーターなど全員が集った全体のまとめから

 2020年の年明けから、新型コロナウイルスの世界的な蔓延によって日常生活だけでなく、さまざまな文化芸術活動が感染拡大防止の観点から影響を受けた。海外への渡航制限が実施されたことで、アーティスト等が国内外を移動することによる交流や表現活動の深化、地域活性化などを目的として行われているAIRのなかには、中止や延期を余儀なくされたものもあったが、多くはICTを活用した「オンライン・レジデンス」などの形態を取り、それぞれのAIR運営者の試行錯誤を経て実施された。本シンポジウムのねらいとしては、現在も試行錯誤の最中であるAIRに関わる人々が様々な団体・個人の取り組みを知り、パンデミックが AIR にもたらした課題や可能性として感じたことが全体に共有されることで、各々が活動を継続していくための思考を深めること、また、各々が困った時に相談できるようなネットワーク作りの一助となることが挙げられる。

 本シンポジウムの第1部では、地方公共団体とAIR実施団体の事例紹介として、『レジデンスとレジリエンス(=困難にぶつかっても、しなやかに回復し、乗り越える力)』をテーマに、「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」事業を行った伊勢市から須﨑充博(同市産業観光部部長)、いち早くコロナ下の状況へ応答するプログラムを打ち出した、松戸市のPARADISE AIRを運営する森純平(同ディレクター)によるトークが行われた。モデレーターは長谷川新(インディペンデントキュレーター、PARADISE AIRゲストキュレーター)。

 伊勢市の事業は、2019年度にインバウンド(訪日外国人旅行)を目的としてブリティッシュ・カウンシルと行ったAIR事業が土台となっている。欧米から注がれる伊勢への高い関心に着目し、地域に根づく伝統文化を体験してもらうことで、イギリスと地元アーティストとの交流も促進されてきた。この経験をもとに、同市が2020年度に実施したのが「クリエイターズ・ワーケーション」事業で、新型コロナウイルス感染症の影響により観光客が激減した旅館業の危機という問題が重ね合わせられ、国からの交付金が活用された。

 一方、2013年から活動するPARADISE AIRは、例年60名ほどが滞在する施設であるが、緊急事態宣言に伴いアーティストの受け入れを一時停止した。宣言解除後の状況を逆手に取って試みられたのが「MATSUDO QOL AWARD」という、松戸から60分圏内にいるアーティストに限って滞在場所を提供するプログラムである。これまでレジデンス参加対象として目を向けて来なかった近距離のアーティストを「隔離」し、「生活の質」も合わせて考えることで制作に集中できる環境を用意する支援を行った。加えて、7年間の継続的な活動によって培われてきたネットワークを「Knot(結び目)」として再定義し、国内外のAIR実施団体との交流を見直し、それぞれの団体とこの状況下でベストなつながり方を模索する試みも行った。

 アーティストがこうした地域を訪れたり、オンラインでも関係性を持つことによって、地域住民やAIR運営者には意識されない場所の特性が可視化されることもある。また、その地域や人々とのゆかりを得ることによって、場所に対する愛着や感情が生じ、滞在や交流が終了したあとも関係性は残り続ける。コロナ下の現状を受け入れ、それでも前向きかつ柔軟にできることをすること。そのようなAIRの姿勢によって生まれた関係性が、それぞれの抱える問題などを話し合い共有できる避難所のような場として機能することが、レジデンスのレジリエンスとなっていくだろう。

 後半の第2部では、文化庁による令和2年度「アーティスト・イン・レジデンス活動支援を通じた国際文化交流促進事業」助成を受けている団体の中から、20団体を主なスピーカーに、他にも国内のAIR実施団体と聴講者を交えて、60分間の意見交換会が行われた。

 国内を拠点に活動するアーティストを対象としたAIRプログラムでは、緊急事態宣言解除後以降、国や各地方自治体で感染防止に対する指導やガイドラインが整備されたことでアーティストの移動も可能となり、大きな変更なく実行されたものもあった。しかし、外からアーティストが来ることに対する地域住民の反応には変化があり、それはネガティブなリアクションというよりはむしろ、文化芸術活動が全般的に限定・縮小される中で、地域を訪れたアーティストへの期待が高まった例もあった。また県内のアーティストによるスタジオ滞在と制作環境や費用などの支援に柔軟にプログラムを切り替えた団体もあった。そこでは、アーティストの思索をより多くの人へ発信するために映像を用いるという試みもあり、それが未完成の状態でもアウトプットする意義について言及があった。

 海外のアーティストを招聘するAIRプログラムでは、オンラインでコミュニケーションを試みたものが大半を占めた。その背景に、この1年まったくアーティストの受け入れができなかったり、マイクロレジデンスと言われるような小規模に運営するAIRでは、海外のアーティストの滞在予定がキャンセルとなったことで資金難など施設の運営にとって多大な影響があった。しかしながら、それまでアーティストのケアに割いていた時間を、実施してきたAIRのフォローアップやアーカイブに当てたり、アーティストへ日本文化やAIR情報発信を続けたり、海外とのネットワークを活用しAIRとパンデミック研究会を立ち上げ、将来のためにこの状況の分析を行ったりと、前向きに活動が続けられている。ZOOMなどのツールを用いて交流やリサーチ等を行ったAIRでは、特にパフォーミングアーツ分野でフィジカルな表現をオンライン上で空間的に共有することの困難さや、時差の問題やオンライン疲れ、円滑なコミュニケーションのために求められる高い言語能力やリテラシーといった課題が挙げられた。また、オンライン上での活動がハッキングされてイベントが荒らされた経験も報告された。

 これまでのAIRは、アーティストの移動を中心とした関係性を基盤として運営されていたが、オンラインで常時つながることのできるコミュニケーションへ移行したことによって、長期のプロジェクトも実施しやすくなった。アーティストが自身の拠点において十分なリサーチと制作時間を確保しながら、AIRとの協働を複数回に分け、そのプロセスを丹念に追っていくようなプログラムも考えやすくなった。さらに公的機関が運営するAIRでは、オンラインでのプログラムを滞在前の準備期間として位置づけ、安全に海外渡航ができるようになってから招聘を検討している団体が多いことも目立った。

 渡航制限により、AIRに関わる誰もが、何らかの影響を受けていることが浮き彫りとなった本シンポジウム。しかしAIRの運営を通してアーティストと地域、そこで生活をする人々を結ぶこと、場所とのつながりによって表現が生まれることへの期待と信頼には決して揺らぎがないという印象を得た。AIRの実施方法や時間軸が複雑化していくことは、AIRという営み自体の意義や、それぞれのアーティストにとって最良なAIRとのかかわり方を問うことでもある。この経験とこうしたネットワークは、パンデミック後にも、それぞれにとって貴重な遺産となるに違いない。

文中の肩書はイベント開催時のもの

 




慶野結香(キュレーター/青森公立大学
国際芸術センター青森[ACAC]学芸員)
1989年生まれ。秋田公立美術大学ビジュアルアーツ専攻・社会貢献センター(現・NPO法人アーツセンターあきた)、サモア国立博物館(Museum of Samoa)派遣を経て、20194月より現職。国際芸術センター青森では、地域のリサーチと滞在制作による展覧会の企画・制作や、レジデンスプログラムの再編(共同企画)など、施設の可能性をさらに引き出す取り組みを行う。