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レポート&インタビュー2023.2.27

AIRと私 09:MAWA(Mentoring Artists for Women Art)滞在レポート

各地のアーティスト・イン・レジデンスを経験したアーティストによる滞在レポートシリーズ「AIRと私」。カナダ・ウィニペグの「MAWA」に滞在した稲垣智子さんによるレポートです。

2022年7月に約1ヶ月間、カナダ、ウィニペグ市にあるMAWAという施設のアーティスト・イン・レジデンスに私は参加した。MAWAは、Mentoring Artists for Women Artの略である。この施設が女性のアートにフォーカスを当てているということに興味を持ち、応募し、滞在が決まった。MAWAがあるウィニペグ市は、カナダの中央南部に位置するマニトバ州の州都である。レジデンスは、2020年の予定だったが、世界的パンデミックで2022年に延期された。私にとっては3年ぶりの海外となった。

長時間のフライトを経て、ウィニペグ空港に到着するとレジデンスからアンバッサダーのミシェルという女性が迎えにきてくれていた。彼女の存在のおかげで私の滞在は豊かになった。アンバッサダーは、アーティストのお世話をしてくれるボランティアの人だった。海外から見知らぬ土地に来たアーティストにとって、アンバッサダーは友好的で頼もしい存在だった。彼女からもウィニペグの人々からも、親切な印象を受けた。実際、マニトバ州の人々はカナダの中でもフレンドリーなことで知られているそうだ。

空港から30分ほどのドライブでMAWAに到着した。一階にはギャラリースペースとオフィス、そして2階がレジデンスになっていた。地域の環境に関して言えば、周辺はあまり安全そうには見えなかった。ミシェルがこの辺りは暗くなったら外は出歩かない方がいいと忠告をしてきた。ホームレスの人々のための大きなシェルターが隣にあって、様々な人が周辺に集まるからだった。建物も些か荒んだ外観で、滞在が少し不安になったが、部屋の中は日本じゃこんなところなかなか住めないなと思わせる煉瓦の壁がスタイリッシュな小綺麗なフラットだった。

フラットの内観

レジデンス生活が始まった。アーティスト・イン・レジデンスと言っても、様々なスタイルがある。私は国内外のいくつかのレジデンスを経験している。MAWAは、滞在アーティストは1人、そして期間は約1ヶ月。アンバッサダーがケアしてくれるが、ちょうどサマーホリデーの時期だったからかもしれないが、施設のスタッフのケアは少ない。その代わり、制作へのプレッシャーがなく、気ままに過ごせるタイプのレジデンスだった。カナダに来るちょうど前に私は和歌山の白浜にあるレジデンスに参加していた。ここも期間は1ヶ月で、滞在中に作品の構想から制作、そして展示までがレジデンスに含まれ、中規模のインスタレーション作品を2つ、一から制作したため休む間がなかった。それゆえ、MAWAのレジデンスのフリーなスタイルはこの時期の自分にぴったりだった。

『Project ‘Doors’』より

レジデンスに行く前にはあらかじめ制作のための計画書を提出している。一つは『Project ‘Doors’』という2013年から始まった映像の続きを制作すること。二つ目は『パーテーションズ』という作品の次の展開を考えることだった。日本では、お店や人が集まるところで、透明のパーテーションは未だ至る所に存在していた。しかし、ウィニペグでは、数ヶ月前にはほとんど取り払われてしまったらしい。私は無くなったパーテーションにあたるような概念を、街を彷徨いながら考えた。すぐ近くのギャングがいるらしい地域は避けたが、人気のない地域を好んだ。使用されているかわからないがらんとした建物が、だだっ広い土地に並んでいる風景が魅力的に映った。割れた窓、壊されたドア、放置されたもの、朽ちたものをカメラで撮影した。人気のない場所では自分自身が目立たないように配慮した。夏はノースリーブに短パンの服装が一般的なウィニペグでは、私が日本から持ってきたワンピースなんかを着ると「海外から来た外国人だよ。」と主張しているようなものだった。私は315ドルの服を買って着ると、カメレオンのようにその場に馴染んだ気持ちになった。しかし、滞在中には新しいコンセプトが立ち上がりそうではあったが、作品としては至らなかった。今もウィニペグで考えたことや体験が熟すのを待っている。

ウィニペグの街の様子

MAWAでは、滞在中は日々の制作、そして、イベントとしてはトークと展示を行なった。トークには、夏の休暇時期にしては多くの観客が来てくれた。ほとんどが中年の女性で、アーティストだったことに驚いた。なぜなら、日本では中年の女性のアーティストが多く集うことはなかなか考えられないからだ。トークは、とても暖かい雰囲気に包まれていた。観客のアーティストに対する優しい眼差しやリスペクトの念を感じた。受容されている感覚は、私を満たされた幸福な気持ちにしてくれた。私もできるものならばこのような雰囲気や場を、日本でも成立させることはできないものだろうかと本気で思わせる居心地のいいものだった。

トークの様子

展覧会の様子(稲垣智子個展「Face」)

MAWAがサポートするのは、性自認が女性である人々のアートである。スタッフは全員女性で、同性婚をしている人もいた。活動は、アーティスト・イン・レジデンスも行っているが、別のプログラムであるメンターシップが中心のようだ。どうやらトークに訪れた観客の何人か、そして、アンバッサダーのミシェルも、このプログラムの参加者だった。このプログラムでは、メンターであるプロのアーティストが、メンティーであるキャリアの浅いアーティストに一対一で、制作、コンセプト、ポートフォリの作り方など、様々な方向からアドバイスをする。仕事としても良い仕組みで、メンターにはお金が支払われ、メンティーはお金を支払うが、ほぼ助成金で賄うことも可能だそうだ。カナダでは、トーク、展示などの芸術活動に対する料金が詳細に定められており、アーティストやアート関係者の労働問題に対してクリーンな印象を受けた。

MAWAで働くスタッフも、全員がアーティストでもあった。ウィニペグのアーティストは週3日程度、アーティスト・ラン・センターで働き、残りの日々はスタジオで制作している人も多いそうだ。ウィニペグ市には、MAWAのように女性にフォーカスしたアート施設や、他にも、障がい者、ストリートアート、病院、工芸など、様々な分類のアートセンターがあり、それぞれ国、州、市の支援下によって成り立っている。アーティストは活動を認められると制作に対しても行政からの支援が得られる。

MAWA共同代表のDana Kletkeさん

MAWAのレジデンスにいると、ウィニペグ市のアートに対する姿勢やMAWAの仕組みに興味が湧いてきた。MAWAの共同代表の一人、DanaにMAWAが目指すところは何かと尋ねたところ、アーティストがアート活動だけで生きていける社会を目指しているそうだ。確かにそれは世界中のアーティストの願いだ。アーティストが、アーティストとして働く場の少ない日本から来た私には、すでにウィニペグは理想を達しているように見えた。芸術関連施設でパートタイムとして働き、自身の制作も継続できるシステムは先進的で理想的に映った。この健全な社会が、トークの時に私が感じた人々のアートに向ける暖かい眼差しというものを産み出しているのではないかと推測した。

アートを継続できる社会は健やかである。私は日本でも、多くの中年女性アーティストに出会えたらと願う。高齢のアーティストもいい。難なく芸術を続けることができる文化は豊かである。トークの時に感じた、観客からの見守るような優しい場を作り出すことに思いを馳せながら、MAWAでの展示も終え、ウィニペグから日本に戻ってきた。




稲垣智子(いながき ともこ)
1975年生まれ、大阪と兵庫在住。ロンドンの美術大学卒業後、日本帰国。大阪大学アート・メディア論修士課程修了。国内を含め、海外、ドイツ、フランス、アメリカなどでアーティスト・イン・レジデンスを行う。作品は、生と死、自然と人工、そして男女の境界を模索するものがある。使用メディアは主に映像インスタレーション、パフォーマンスの要素が含まれる作品も多い。個展は、CAS(大阪/2021)The Third Gallery Aya(大阪/2020) FRISE(ハンブルク/2016)。その他展示には、川久ミュージアム (和歌山/2022)、「カサブランカビエンナーレ」(2017)、「WROUGHT」(シェフィールド/2016)、京都市美術館(2013)他。2023年はNYにてレジデンスを予定している。