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ARTICLEレポート、インタビューやAIRに関する記事など

レポート&インタビュー2011.5.17

AIRと私 01:不安と失敗からのスタート

大巻伸嗣(美術作家)

私がアーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)に挑戦するきっかけになったのは、2002年の「新世代への視点」という展覧会(会場は銀座の現代美術の画廊、ギャラリイK、ギャラリー山口、ギャルリー東京ユマニテ、ギャラリー現、コバヤシ画廊など)への参加です。そのとき行なわれたシンポジウムに出演し展示を見てくれた、ある作家の方が、アメリカにあるバーモント・スタジオ・センター(米国北東部にある米国最大のAIR)のレジデンス・プログラムを紹介してくれました。

失敗はつきもの

そのとき、初めて資料を受け取り準備を始めたのですが、〈ステイトメント〉(=自分の作品に関する記述や説明)にどういうことを書いていいのかわからず、なかなか進まなかったことを覚えています。実際にアプライするのに必要なものとして、推薦状2通、略歴、ステイトメント、スライド20枚(現在では写真やパワーポイントのデータだと思います)などを用意しなくてはいけません。さらにそれを英語に翻訳して推薦者からサインをいただいたり、意外と手間がかかったことを覚えています。身近にAIRに参加したことのある人がおらず、相談できなかったので不安でした。それでもなんとか書類を送りましたが、航空便の遅延や送付国の郵便事情などが影響して数日遅れとなり、結果、失格となってしまいました。しかし、レジデンスから〈違うかたちでの参加〉の案内が届きました。「住居とアトリエ、食事を用意するから来ませんか?」という通知です。参加するかどうか迷いましたが、仕事を辞めて参加しても、帰国して仕事がないのではたいへんなリスクを負うことになります。できることなら賞を受賞して奨学金をもらって行きたかったので、そのときは我慢して辞退することに決めて、すぐに担当者へ次回もう一度アプライすることをメールで知らせました。翌年、2回目の応募は、以前よりスムーズに進めることができました。
挑戦することでの失敗はつきものです。それでもあきらめないことが大切だと思います。バーモントで出会ったメキシコ出身の作家のヘリベルト・クエスネルさんは、同時にいくつもレジデンスをアプライしていたと言っていました。海外の作家たちは行動的で、レジデンス内でも参加者同士がそういった情報を交換して、次のレジデンスの応募をしている人もいます。レジデンスを渡り歩きながら作家として成長していく道を歩むようです。

地元地域との交流/作家との出会い

私の場合、いままでアメリカ、韓国、シンガポールのAIRに参加してきました。それぞれで、レジデンスの内容が違います。例えば、アメリカのバーモント・スタジオ・センターでは、自分の研究をしながら参加者たちや地域と交流するレジデンスでした。年齢も幅広く、160人ほどのファインアートの作家や詩人、ライターと共にレジデンス生活をする場所でした。レジデンス側は、企業からの協賛や作家たちからの寄付などの支援を受け、レジデンスを維持しています。また、奨学金をもらってレジデンスに参加する作家たちが来ることで、年間を通じて小さな町への経済貢献にも繋がっているようです。バーモント州ジョンソンという町自体が施設を囲みながら教育機関と連携して仕事などをつくりだしています。そこには若手作家などが、レジデンスのスタッフとして働きながら制作できるシステムもありました。これは若手作家に制作だけでなく労働の場も与えて支援することになります。このレジデンスは、教育機関との連携、アジア、ヨーロッパとの文化交流をつくり出してゆくことを広く目的としているため、若手作家も経験豊富な作家も参加できるレジデンスでした。


バーモント・スタジオ・センター滞在中にジョンソン大学で行なった彫刻ワークショップ

ほかには、2006年10月に韓国のサムジー・スペースに滞在しました。そこは、若手韓国作家が1年を通して滞在制作しています。海外からも自薦・他薦によって作家たちがアプライし、そのなかから年間12名ほどの作家が選ばれ、1クール(3カ月)滞在し、制作やリサーチを行なう施設です。ここも内容は、さきほどのバーモントと一見、似ていますが、たびたび訪れる世界のアートシーンで活躍するディレクターやキュレーターとの交流をとおして、一人の作家として世に出て行くためのきっかけをつくりだしてゆくレジデンスといえます。私が参加することになったのは、トーキョーワンダーサイトから推薦をいただいたことがきっかけです。ちょうそのころ、私はアジアの文化や芸術のことを知りたいと考えていました。韓国のヒュンダイデパートでの仕事も決まっていたので、いいタイミングでアプライをすることになりました。
向こうでは、いろいろな出会いがありました。なかでも、韓国のアート・キュレーターであるキム・ソンジョンさんと世界的に活躍する作家イ・ブルさんとの出会いは、私にとってすごく大切なものになりました。キムさんの紹介でイ・ブルさんのお宅にお邪魔させてもらい、アトリエを案内してもらったり、一緒にさまざまな話ができたことは、うれしかったことのひとつです。イ・ブルさんは、若い韓国作家の作品をコレクションしていて、彼女がそういった若手作家を応援していることにも感動しました。また、韓国生活を送りながら、韓国語を少しでも理解し文化を感じることができるように努力しました。そこでの出会いが、その後の韓国でのアート活動に繋がっていくことになりました。


サムジー・スペースの最終オープンスタジオ。オーストラリアの作家イヤン・ヘイグさんの展示

レジデンスではどのように過ごすか/事前にすべきこと

レジデンスでは、オープンスタジオや作品レクチャーなどをしながらつねに〈自分は何者なのか〉を紹介していかなくてはいけません。さらに英語でそれをすることはなかなか難しいことです。私はそれほど英語に自信がありませんので、その場その場で、考えながらアーティスト同士のコミュニケーションの仕方を見つけていきました。例えば、バーモントでは、毎日15時に〈TEA TIME〉と称してお茶会を開いて交流をしました。はじめは3人、そして5人、10人と日ごとに人が増えていって、その場でみんなにポートフォリオを見せながら英語で一生懸命会話をしていくと、そのうちに彼らが、私の作品を解釈し、説明してくれるようになりました。自分の作品を通じて起こるコミュニケーションの広がりを感じたとき、すごくうれしかったことを覚えています。
また、国によっては、あらかじめ知っておくべきこともありますし、有意義なレジデンス生活を送るためには、最低でも以下についてはあらかじめ用意しておくことを薦めます。

●なにをするAIRなのかを十分にリサーチをする
●自分のしたいこと/やっていることがうまく伝わるようにまとめておく
●そこに行ったことがある人を探して相談する

現在では、国際交流基金やトーキョーワンダーサイトといった機関が多くの情報を持っているので、そういったところに相談したり、そこが行なう講演会などに参加するのも良い方法だと思います。参考までに韓国のレジデンスでは、レジデンス・オフィスに世界中のレジデンス情報が載っている本が置いてありました。そのとき調べてみたら、海外にはレジデンスが本当にいっぱいあり、いろいろなチャンスがあることがわかりました。知りたいと思う好奇心と、やりたいと思う行動力をつねに持つことが大切です。しかし、まずは海外へ行って体を張って参加してこないとなにもつかめません。ただ悩むだけではなにも進まない、実際にそこへ行ってみることで始まってゆくものだと思います。
私の場合は、アーティストとして歩みを進めていくなかで、自らなにかを変えたいと感じていた時期と推薦してもらえた時期がちょうど重なっていたように思います。冒頭のエピソードのように、私は少し苦労しましたが、いまは、レジデンスの情報がインターネットなどで比較的簡単に入手できるようになってもいるので、できるだけ若いうちに海外へ出ることをおすすめします。

エア・ポケットのような体験

レジデンスに参加することのなかでもっとも大切なものは、出会いだと思います。世界中から集まった作家たちや地元の人々との出会いをつうじて、さまざまな経験をしながら考えていくことは、多様な価値感を学ぶいい機会です。
以前は、アートというものは、おもにモノをつくることによって、一方的に与えるものだと思っていました。しかし、世界中のアーティストやキュレーター、現地の人たちと関わっていくなかで意識が大きく変わっていったように思います。いまの私にとって、アートは、人と人との関わりのなかで、なにかとなにかを交換する行為であると考えています。これからの若い人たちには、AIRを活用して、どんどん外の世界を見に行ってほしいと思います。アートは、なにかを交換し合いながら変化し続けるものです。そこで出会った人たちとメールや会話を介して〈いま〉というものをやり取りする。そして、自らそこへ行って一緒にご飯を食べたり遊んだりすること、そういうことを積み重ねていくうちに世界と自然につながっていき、次第にコミュニティの輪が大きくなっていくのだと思います。あたりまえのことですが、だからこそ、やりたいと思ったことは恐れずに挑戦していってほしいです。レジデンスとは、一瞬、日常から切り離された空間に行き、一休みしながらいままでの自分を振り返り、これからのことを考えるエア・ポケットのような体験で、日本の日常のなかで感じていた価値観が、ぐっと広がる時間ではないでしょうか。ぜひ多くの作家/キュレーター/研究者がAIRに参加することで、世界のなかの日本として、これからの日本を世界へつなぐ担い手となることを願います。


シンガポールのラサール大学主催のレジデンス「トロピカルラボ」での展覧会設営。テクニカルスタッフがサポートしてくれる

おおまき・しんじ
1971年生まれ。美術作家。東京藝術大学美術学部彫刻科講師。作品=「《ECHO》シリーズ」(資生堂ギャラリー、東京画廊+BTAP、川崎市岡本太郎美術館、水戸芸術館ほか)、《Liminal Air》(トーキョーワンダーサイト、GALLERY A4、金沢21世紀美術館ほか)、《Memorial Rebirth》(横浜トリエンナーレ2008)ほか。
URL=http://www.shinjiohmaki.net/

[2011年3月31日]