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AIR@EU2024.8.5

ヨーロッパでのアーティスト・イン・レジデンスの舵取りの仕方

1646 Photo: Maarten Nauw

今、「ヨーロッパへようこそ」という声が、2024年ユーロビジョン・ソング・コンテストのオランダ代表の楽曲の歌詞のように、世界中に響きわたっています。それは、旅と自己発見への欲求が高まっていることを伝える声であり、統合、連帯、そして自由を求めて、EUが絶え間なく努力を続けてきたことによって得られた、国境を超えて旅する自由を称える声です。「ヨーロッパ(エウロパ)」という名は、ギリシャ神話に由来すると考えられています。ゼウス神が白い牡牛に変身して誘拐したフェニキアの姫君の名です。彼はエウロパに熱烈に恋していたのです。この名は、ギリシャ語の「eur-」(広い)と「-op」(見る)という2つの語幹に由来するという説もあります。「広い目で見る」すなわち、驚異や感嘆に目を見開くという意味です。

ヨーロッパは異なる文化や地形が混ざり合う場所です。様々な文脈や時代を背景に、多くの場合アーティスト自らの手によって、共に働き、生活することを通して新たなアイデアを探究する場として創立されたゲストスタジオやアーティスト・イン・レジデンスが点在しています。アートの作り方、創作と日常の関係、社会や既存の機関が定めたルールの外側での組織の形などの、新しい形の探究がそこにはあります。デンマークの海岸でフィヨルドでの実地調査をするもこともよし、ベルギーの静かな町の趣あるカフェで映画の脚本を完成させるもよし。アーティスト・イン・レジデンスというのは、新しい環境や経験のなかに身を投じる方法を提供してくれるものなのです。

草の根のムーブメントに根を持つレジデンス:歴史的な視座から

ヨーロッパのアーティスト・イン・レジデンスの歴史において、草の根のムーブメントは重要な役割を担ってきました。1900年代初頭から、アーティストはボトムアップのイニシアティブを組織し、自ら目標を定め、独自の方法でそれを達成してきました。代表的な例として、ドイツのブレーメン近郊の小さな村であるヴォルプスヴェーデのアーティスト・コロニーが挙げられるでしょう。1889年にハインリヒ・フォーゲラーといった画家や、詩人のライナー・マリア・リルケらが生んだ場所です。ヴォルプスヴェーデは国際的に注目され、「世界村」の名で知られるようになりました。1971年には、今では高名なレジデンス施設となった「Künstlerhäuser Worpswede (https://stätte.org/en)」が創設されたことで、コロニーはますます活気付きました。

1960年代には、滞在型のゲストスタジオが普及し、アーティストがブルジョワ的な社会から一時的に身を引き、自分たちだけのユートピアを作ることができるようになりました。一方、都市や農村部のレジデンス施設は社会的なアクションを重視するようになり、社会や政治に変革を起こすための基盤となりました。1980年代から1990年代のオランダでは特に、大都市で盛んになった不法占拠運動に、この傾向が見て取れます。アーティストたちは、理にかなった価格で利用できる住居や仕事場を求めて、廃墟となった病院や工場を占拠しました。次第に、こうした拠点がプログラムを発展させ、国際的なネットワークを通して、他の拠点との間で人材や創作の交流をするようになりました。2010年には新法が定められ、占拠行為は違法となりましたが、この運動が端緒となり、今では、オランダには50以上のアーティスト・イン・レジデンスのネットワークがあります。こうした、独自の文脈に基づいた小さな集団が組織したイニシアティブは、地域行政やスポンサーから得られる評価や予算は小さくとも、強固な意志とビジョンを持ってアートに取り組んでいるのです。

1980年代のマドリードでは、パンク系のカウンターカルチャー運動である「ラ・モヴィーダ」が巻き起こりました。何十年も独裁政権が続いた後に生まれた、自由、創造性、そして表現を讃える運動です。この文化運動の影響で、1990年代にはオルタナティブ・スペース設立の流行に第二波が訪れました。スペインを始めとして様々な国で、多くのアーティストが、当時アート界が直面していた問題の解決のために自ら動き始めたのです。彼らは、アートセンターの不足と、意味や知識が生成されるプロセスにおいてキュレーターという存在が果たす役割の形骸化に抗いました。オルタナティブなシーンが形成されるなか、多様性や創造的な衝突のための場を確保するうえで、ゲストスタジオが重要な役割を果たしたのです。今日においてアーティストが直面する課題は複雑化しているとはいえ、運動を起こしていく方法論は変わりません。アーティスト・イン・レジデンスは、アーティストに場所や時間を提供し、社会や文化の変革のモデルとして機能するだけでなく、都市と地域の双方を再活性化するうえで重要な役割を果たしています。こうした動きは、特にスペインの農村部で顕著です。この10年間、多くのアーティストが廃村に入居し、共に働き、暮らす方法を模索しています。古い家屋や農場を買取り、インディペンデントな場として運営しているアーティストもいます。重篤な干ばつが地域の生態系や、その居住性に与える影響のせいで劇的に土地の営みが変わっていくなかで、アートや文化に関わるスペースの多くが、ポジティブな影響を生もうと尽力しています。

多様なプログラムについて知る

ヨーロッパには、多彩な地理的、社会的、政治的、そして文化的な背景が形作る多様なレジデンスプログラムがあります。たとえばオランダには、小さなイニシアティブが多数存在します。その一つが、ハーグの中心地でアーティストが運営する実験的なスペース「1646」です。ゲストスタジオ併設のアートスペースで、フィクションを用いたり、社会の複雑性を受け入れながら、ユーモアを用いてオルタナティブな視点を提示するアーティストを積極的に迎えています。一方、より伝統的な長期のスタジオプログラムと高い技術力を誇る研究室や設備を持つのが、アムステルダムの「Rijksakademie」とマーストリヒトの「Jan van Eyck Academy」です。これらのレジデンスは社会におけるアートの位置付けへの直接的な応答として、ファンディングや政治的なトレンドといった要素に影響を受けながら発展されてきました。様々なところで消滅と誕生を繰り返しながら、こうした小さなイニシアティブが、たとえばAIの限界に挑む、あるいはポスト植民地主義的なナラティブを問い直すといった、その時々の切迫した課題に向き合っているのです。

こうしたスペースの多くは、メインストリームのアートシーンの周縁で運営されるインディペンデントな場です。しかし、アーティストをもてなすだけでなく、知識の交流や文化的なイノベーションのハブになるべく意欲的に活動する施設も多くあります。リトアニアのビルニュスにあるアートセンターである「Rupert」は、展示やセミナー、上映会やワークショップの開催を通して、ローカルなアートシーンとグローバルなアートコミュニティを繋いでいます。こうした公に開かれたプログラムは、ゲストスタジオや、フォーマルな学術的な教育を補い、知識のシェアにおける脱中心的なアプローチを目指す「オルタナティブ教育プログラム(AEP)」といった他の事業との連関のなかで運営されています。今年は「横断性と侵犯」というテーマが設けられており、そこを出発点として、アーティストはそれぞれの実践を深めています。AEPはキュレーションの観点から助言をしつつ、アートの内外の様々な実践や領域が出会う場を提供しています。ビルニュスの他に、フランスにもパートナー機関を持つRupertは、キャリアの始まりにある若手のアーティストや思想家にとって、興味深いプラットフォームでしょう。

同様の機能を持った施設として、ポーランドのソコウォフスコにある「International Cultural Library」があります。中央ヨーロッパの深い森の中、小さな村と廃サナトリウムが改修され、クリエイティブな居留地となっています。展示スペース、スタジオ、古い映画館と、「Sanatorium of Sound」という実験的な現代音楽とサウンドアートのためのラボがあります。また、かつて温泉地であったこのレジデンスは、幼少期をこの村で過ごした映画監督クシシュトフ・キェシロフスキの脚本や書簡のアーカイブを擁しています。レジデンスや様々イベント、年に一度のアート・映画・サウンドフェスティバルに多くのアーティスト、作家、音楽家が惹きつけられ、特に夏の間は多くの作り手が村に部屋を借り、あるいは森の中でキャンプをして滞在します。中には清涼な空気、安価な生活費と執筆や作曲活動にぴったりの静けさを愛し、移り住む人もいます。コンテンポラリーな文化活動の支援という点で課題を抱える現代のポーランドにおいても、この草の根のイニシアティブはゆっくりと、しかし着実に、国際的な視座を持ったアーティストや思想家を育てる場となっています。

「エンベデッド・レジデンシー(訳註:特定の文脈に「埋め込まれた」レジデンシー)」という、少し珍しい、特殊なプログラムもあります。往々にして、予想外の場所で、創作の場を提供してくれるものです。19世紀から続くハンガリーの農場の「Horse and Art Research Program」では、馬術のレッスンを受け、解剖学に基づいた乗馬や騎射の技術を身につけることができます。ここでは、アーティストや、アートに関心のある騎手が日々の実践、レクチャーやディスカッションを通して、馬にまつわる文化に触れることができます。また、歴史への入口として機能しているレジデンスもあります。「Bridge Guard」は、スロバキアとハンガリーを繋ぐマリア・ヴァレリア橋にあるレジデンス施設です。この橋は、2001年に再建されるまで、57年間、第二次世界大戦の記憶を今につないできました。橋が再び破壊されることのないよう、アーティストが一人、橋守として任命され、日々の観測の記録をつけるのです。プログラムの説明文にはこのように書かれています。「人々の間の精神的なつながりが保たれている限り、橋に再び危険が及ぶことはないでしょう」。

Horse and Art Research Program 公式サイトより

 

Joya: Air 公式サイトより

アーティスト・イン・レジデンスは、業界のなかでは小規模なプレイヤーであることが多いですが、ボトムアップで変革を作っていくうえで重要な役割を果たしています。独自の文脈やプロフェッショナルなネットワークを持ち、ますます複雑になる社会のなかで、大枠の問題がローカルな範囲ではどのような課題として現れるか、指摘するはたらきを持っています。近年のヨーロッパでは、保守的な右派政党が支持を増し、気候危機や移民問題、近隣諸国での戦争といった問題は例外的な出来事ではなく、我々の生きる新たな現実の一部です。そのなかで、アーティスト・イン・レジデンスや文化セクター全体が、素早く事態に反応し、自国を離れざるを得ない状況に置かれた文化に従事する人々に柔軟な支援を提供しました。スペインのアンダルシアにあるアーティスト運営のスペース「Joya:Air」は、自然の管理人の役割を買って出ました。周囲の不毛地帯を再活性化するためのフィールド調査センターとして運営されているのです。ここでは、アーティストは生態学者や環境活動家と共に仕事に取り組むことができます。

どういった点を考慮すべきか

ゼウスは牡牛の姿を借り、エウロパをフェニキア(現代のレバノン)のティルスからギリシャのクレタ島に誘拐しました。エウロパが、単に他の土地を訪れてみたいからと、自らの意思で、牡牛と共に旅立つことにする、ということはあり得なかったのでしょうか?
第60回ヴェネチア・ビエンナーレで、レバノンのアーティストであるモニラ・アル・ソルは「A Dance With her Myth」を出展しました。彼女はフェミニストの視点から、そして彼女自身の視点−つまり地中海の側の視点から−ヨーロッパ創世の神話を再考しています。1枚目の絵では、エウロパは若い牛の群れと共に立っています。2枚目では、牡牛を背中に背負っており、3枚目では、頭だけ牡牛の姿となった彼女が、旅立ちの支度を済ませたスーツケースを脇に置き、立っているのです。

アーティストとしてヨーロッパという土地を旅し、アーティスト・イン・レジデンスという営みを探検するなかで、重要なのは、その核にあるのは常に多様性であるという点です。草の根のイニシアティブから評価の確立された機関まで、それぞれのプログラムに独自の特質、営み、そしてその地域特有の問題意識があります。全く同じレジデンスプログラムは2つとして存在しません。それ故に、自身の創作のうえでのゴールや好みをよく考慮することが欠かせません。自分にとって、どのような環境がクリエイティブなプロセスの助けとなるのか?自分は突然インスピレーションが爆発的に訪れる作り手なのか、より長く没入する期間を必要としているのか?自分はコラボレーションで生き生きとする人間なのか、それとも一人で過ごす時間を必要としているのか?こうしたことを考えることで、選択肢を具体化し、自身の必要や狙いに合致したレジデンスプログラムを見つけることができるでしょう。

冒険心を持ってください。エウロパが呼びかけているように。そして、あなた自身の視点から独自のナラティブを掴み取ってください。国際的なアートシーンに触れたいにせよ、創作の新しい方向性を探しているにせよ、他のアーティストやキュレーターと向き合い、異なる批評的な視点と出会うことが、創作に新たな示唆や省察を与えてくれるはずです。ともすると、エストニアで伝統的な織物のワークショップを受け、新しい素材やスキルを発見するかもしれませんし、クロアチアのハッカーラボでプログラミングに夢中になるかもしれません。レジデンスとは、普段暮らしている場所では見つけることのできない新しい視点や機関、そしてネットワークと出会わせてくれるものなのです。見知らぬ環境に身を置くことは、刺激と挑戦をもたらしてくれるはずです。創作を前進させ、時には生涯続く同僚や友人のネットワークを、ヨーロッパをはじめ、世界各地に作るきっかけとなるかもしれません。

(翻訳:山田カイル)

 



 

ハイジ・ヴォーゲル(Heidi Vogels)
003年に創設された当初からTransArtists AIR NLのコーディネーターとして活動。AIR NLはオランダとフランドル地方のアーティスト・イン・レジデンス(AIR)団体同士の情報と経験の相互交換を目的としたプラットフォームであり、国際的なAIRのネットワークやプラットフォームとの交流、またアートの専門家や資金提供者、政策担当者へのレジデンスプログラムに関する実践的なアドバイスの提供を行なっている。ヴォーゲル自身もヴィジュアルアーティストであり映像作家として活動している。


トランス・アーティスツはウェブサイト、ワークショップ、リサーチやプロジェクトを通じてクリエイティブ産業の専門家にアーティスト・イン・レジデンスに関する情報や機会を提供しています。
トランス・アーティスツダッチ・カルチャー(Center for International Cooperation)に属し、アムステルダムを拠点としています。