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AIR@EU2024.6.12

Acasă la Hundorf 滞在記 アーティスト:三宅珠子

日本のアーティストにEU加盟27ヶ国のアーティスト・イン・レジデンスについての情報を提供する「AIR@EU」。2023年にルーマニアに滞在した三宅珠子さんの滞在レポートです。

2023年夏、わたしはルーマニアのMureș県の村、Hundorfを訪れた。日差しの強い夏の日だった。

私がルーマニアに興味を持ったのは中学生の時、この国にはまだ魔女文化が残っていると図書館の煤けた本で読んだからだ。見えないものと向き合おうとする人々の姿に興味をもち、ルーマニアの魔女文化と民間信仰を調べようと、この国に向かった。

わたしがルーマニアに来たのは二度目で、一度目は20歳の夏に2週間の一人旅をした。
その時は人々に魔女文化の話を聞いて回ったが、なかなか情報が得られず、実践者の方に会うことも難しかった。

学部を卒業したてだった当時、海外に滞在するのはアーティスト・イン・レジデンスが最適だろうと考えた。ResArtisのホームページからルーマニアのプログラムを探し、応募した。Acasă la Hundorfを選択したのは、人々と関わり、話をしながら文化を調べ、土地からインスピレーションを受けるにあたり、最適だと思ったからだ。

Hundorfの村

村に着くと、マリアが車で出迎えてくれた。彼女は自身の持っている家をアーティストに解放しており、2週間のレジデンス期間はそこに滞在する。

彼女が親から受け継いでいるこの家は、昔ながらの装飾に溢れており、部屋ごとに雰囲気が違う。部屋は四部屋なので、一期間に滞在できる人は4人までだ。私の滞在期間は私以外の人は皆ルーマニア人だったが、他国の人も何人か来ていたことがあったという。
私は、糸巻きがある小さな部屋を選んだ。
家にはタコというやんちゃなオレンジ色の猫と、ラウラという元気な黒犬が住んでいる。

 

この村は、自然豊かな小さな村だ。マリアの家の裏には畑があり、林檎がなっていて、教会の裏山ではミントが取れる。家の冷蔵庫には農家の方の電話番号が貼ってあり、牛乳がほしい時はその家に電話をすればいい。食糧は村の中で賄うことができる。村には小さな商店があるが品揃えは少なく、村の外のスーパーに行くには車が必要だ。

私の滞在期間は夏季休暇中だったので、帰省している村出身の学生、アンドレイとディアナが私たちのサポートをしてくれた。私が村の人にインタビューをしたい際には英語の翻訳を手伝ってくれたり、同時期に滞在していたルーマニアのアーティストが粘土を作りたければ、よい土があるロマ民族の方のエリアを案内してくれたり、彼らの協力によってこのレジデンスは支えられている。また、マリアの息子のテオも夏休みで帰省していて、色々な手伝いをしてくれた。私の滞在は彼らの協力の上に成り立っている。

夜は一緒に映画を見たり、ダンスパーティーをすることもあった。ルーマニアの人々は本当によく踊る。身体の芯に染みついているように、音楽をかけて、踊って、仲良くなっていくのだ。

魔女文化を聞く

私はルーマニアの民間信仰と魔女文化を村で聞いて回ることにした。ルーマニアでは、まだ魔女文化が信じられている。魔術には白魔術と黒魔術の2種類があって、黒魔術はキリスト教では悪とされているが、白魔術は治癒として人々に広く受け入れられている。この国で一番有名な白魔術はDeochiと呼ばれる邪視避けの呪文だ。女性や赤子は、人から視線を受けるとそこに含まれる無意識の妬みや羨みにやられて体調を崩すと言われている。それを治癒するのがこの呪文で、ひとつの村にはひとりの白魔女がいると言われるように、村には複数の治癒者がいた。治癒者は皆敬虔なキリスト教徒の女性たちである。

私は彼女たちに治癒に使う薬草の話や、民間信仰の話を聞いて回った。私のルーマニア語はそこまで堪能ではなく、アンドレイとディアナが付き添ってくれた。

彼女たちは他にも村に伝わる妖怪の伝承、おじいさんが夜半に踊る妖精を見た話、お父さんが妖怪に牛乳を盗まれ、またどのように取り返したか、精霊祭の人にお互いの寿命を知る方法なども話してくれた。どれも不可思議で惹きつけられる話ばかりだ。

ロマ民族のエリア

ルーマニアにはロマと呼ばれる民族の方々が住んでいる。歴史的に彼らは放浪の民であり、異なる文化を築いている。この村にもロマの方々のいるエリアがあった。そのエリアは村のはずれにあって、友人が粘土を作るための土を、私がカティナという木の実を取りたがったので皆でそこに行くことになった。そのエリアは野犬が多い。ルーマニアでは狂犬病があり、実際に首都で犬に噛まれて人が亡くなることもある。また、飼い犬も繋がれていないので警戒して飛び出してくることがあるので注意が必要だ。

そこには元気な子供たちがたくさんいて、犬に慣れない私たちをスクラムを組むようにして守りながら土のとれる崖に案内してくれた。

ロマ民族とルーマニアの歴史は複雑で、お互いに仲が良いとは言い難い。普段は深く接点を持たない二者だが、冠婚葬祭の際には踊りとダンスに長けたロマの方々が招かれる。ロマの方々は黒魔術を行うと言われていて、実際にFacebookで、ルーマニア語で魔女を指すvrăjitoareと調べると資格を持ったロマの魔女たちがオンラインでの除霊や占いを売っている。黒魔術はキリスト教の文脈からよしとされておらず、またロマの方々も彼らに伝わる妖怪にカトリックの神父を意味する名前をつけて呼んでいた。異なる価値観を持つ二つの文化が同じ国に共存し、ハレの日にはそれが関わりあう、それがルーマニアでもある。

ルーマニアと私

 

私はこの国を訪れる前から、ルーマニアの国と文化に興味を持っていた。一度この国を訪れてみてわかったのは、どの文化も美しくだけではなり得ない翳りの部分があることだ。一緒に滞在した友人とは文化だけでなく、政治や生活の話もしたが、互いに同じような問題を抱えていることがよくわかった。

このアーティスト・イン・レジデンスは国をちゃんと生で知ること、本だけの知識で理想化するのではなくて、歴史や文化をその国に住んでいる人から聞くという点において、私にとって大きな意味を持っていた。実際にその土地に自分の身体を置いて滞在することは数十冊の本より意味を持つ。日本と違う草の匂いを嗅いで、みたことのない植物に触れて、人々の声を聴くことが、私にとって何よりの学びになった。

見えないものと向き合いながら生きる人々の世界に興味を持っていた私にとって、その世界を支えている土地、景色に触れられたことは、私の制作にとって大きな意味があった。魔女たちの見ている風景を私が見ることで、それは一気に現実として立ち現れる。

滞在期間中、車窓から見た光景が忘れられない。夕闇が降りてくる前の夕日の中で羊飼いがたくさんの羊たちを連れていた。私はこの景色を日本の本で見ていて、ずっと一度この目で見たいと思っていた。

ルーマニアの夕日は日本のよりも黄色くて、そのことをこの村に来るまで私は知らなかった。

光が羊たちの毛の上に映えている。今私はこの景色だけでなく、その匂いや、風を知っている。そのことは私が土地の声を聴きながら作品を作っていく中で一番の糧になることだ。

今回の滞在を元に、現在はルーマニアの文化と妖怪についてのエッセイを書いている。また、今後ルーマニアで撮影した写真や、自身の見た世界を元にインスタレーションを展示する予定である。



三宅珠子(みやけ すずこ)
東京藝術大学グローバルアートプラクティス専攻在籍。東北育ち。人ならざる他者の声を聴きながら土地と共に生きる人々の、見ているものに興味を持つ。2019年から、日本とルーマニアの魔女文化を調べている。
自然素材を元に、インスタレーション、写真をメディアとして制作を行う。また舞踏の舞台美術や衣装も手がける。見えない他者の声に耳を傾ける姿を「祈り」として捉え、自分自身も制作の中で見えない他者の存在と向き合い、それらへの返答として作品を作っている。自分の身体を媒介として、受取ったものを世界へ送りかえす。 水が地に落ち、やがて雨となり巡っていくように、 すべてのものが円環のようにつながっていることを大切にしている。