アーティスト・イン・レジデンスの現在 15
社会的流動性の指標としてのAIR(レズ・アルティス総会2012東京大会レビュー[2])


光岡寿郎(東京経済大学専任講師)

今回は、アーティスト・イン・レジデンス(以降AIR)の国際会議である「レズ・アルティス」を素材に、AIRが位置するもうひとつの社会的文脈について考えてみたい。前半では僕が参加したセッションの内容を紹介し、そのうえで後半では「社会的流動性」という観点からAIRの可能性を検討する★1

事業評価の難しさ

28日夕方のセッション「セッション14:創造基盤における文化政策」では、三名の登壇者が招かれていた。一人目が、世界各国の芸術振興機関を結ぶIFACCA(International Federation of Arts Councils and Culture Agencies)の事務局長であるサラ・ガードナー氏。二人目が、アジア−ヨーロッパ間の文化交流の促進に寄与するASEF(Asia-Europe Foundation)文化交流部門副ディレクター代理のアヌパマ・シュカール氏。そして最後に、文化庁長官官房国際課国際文化交流室長の中野潤也氏である。限られた時間のなかで、登壇者からはそれぞれ15分の発表がなされた。
最初にガードナー氏からは、IFACCAの概要と、同組織が実施してきた調査に関する発表がなされた。IFACCAは、各国のアーツ・カウンシルに代表される芸術振興機関のグローバルなネットワーク形成を目的に2000年12月に発足した組織である。現在72の国家的機関、及び47のそれに準ずる機関によって構成されている。そのうえで、IFACCAの主要な活動のひとつである、「WorldCP Project」へと言及していた★2。基本的には、各国の文化政策を詳細にドキュメンテーションし、共通の情報基盤として利用するプロジェクトだ。すでにヨーロッパの42カ国を網羅し、現在、韓国やシンガポールといったアジア各国の文化政策のプロファイリングを実施しているとのこと。その後、IFACCAの調査の詳細が手短に紹介されていたが、これは後述のシュカール氏の発表とも共通して、細かな内容について本稿で繰り返すことにあまり意味はないだろう。というのも、IFACCA、ASEFともに、調査結果を自身のサイトで公開しているからで、詳細にご関心をお持ちの読者は、直接各組織のウェブサイトをご覧いただきたい★3。そのなかでも注目しておきたいのは、結論部でのAIR助成事業の評価の困難さについての指摘だ。彼女によれば、AIRの評価で難しいのはその「影響力(impact)」と影響が顕在化する「時間差(time lag)」の問題なのだという。このセッションは「事業評価」を主旨としたものではないけれども、今回のレズ・アルティス全体を貫くテーマのひとつだったこともあり、後述したい。

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アーティスト・イン・レジデンスの現在 14
マイクロ・レジデンスの可能性(レズ・アルティス総会2012東京大会レビュー[1])


鷲田めるろ(金沢21世紀美術館キュレーター/CAAK, Center for Art & Architectureボードメンバー)

2012年10月、東京でレズ・アルティスの総会が行なわれた。レズ・アルティスとは、オランダに本部を置く、世界のアーティスト・イン・レジデンスのネットワークで、2年ごとに世界各地で総会が行なわれている。総会にともない、4日間にわたって、約20のプレゼンテーションやセッションが組まれた。そのなかのひとつ、セッション3「マイクロ・レジデンス、アーティスト経営によるレジデンス」について報告する★1

マイクロ・レジデンスとは?

「マイクロ・レジデンス」という言葉は、このセッションのパネリストの一人、村田達彦の提唱しているもので、まだ一般的に定着しているとは言いがたい。村田によると、この言葉は、2005年に、村田が運営するアーティスト・イン・レジデンス「遊工房アートスペース」(以下、遊工房)に滞在していたアーティストが、遊工房を評した言葉に由来する。その特徴として村田は、予算的にも施設的にも小規模であること、行政のスポンサーシップから独立した、アーティスト・ランあるいは草の根的な運営であること、それゆえに、柔軟な対応が可能で、滞在するアーティストのことを最優先に考え、人間関係を大切にしていること、を挙げている★2。私がボードメンバーの一人である非営利の任意団体CAAK, Center for Art & Architecture, Kanazawaでもアーティスト・イン・レジデンスを行なっており、まさにこのマイクロ・レジデンスに該当する。それゆえ、私は村田の活動に強く共感するのだが、アーティスト・イン・レジデンスの施設というと、国際芸術センター青森・ACACアーカスプロジェクトトーキョーワンダーサイト秋吉台国際芸術村など、まず公立の施設を思い浮かべてしまうのが現状だ。そのようななか、世界中のアーティスト・イン・レジデンスの関係者が集まるレズ・アルティスの総会において、このようなマイクロ・レジデンスをテーマとするセッションが組まれたこと自体を評価したい。
遊工房は、2001年にレズ・アルティスのメンバーに加盟しており、村田は理事を経て、現在は副会長を務めている。遊工房の運営だけではなく、国際的なネットワークの形成にも尽力してきたことが、レズ・アルティスの組織内でも正当に評価されて現在の立場があるのだろう。実際、本セッションの登壇者たちは、村田と関係の深い人たちが大半を占める。村田と、モデレーターの原田真千子以外の6人の登壇者のうち、アナト・リトウィン、フランシスコ・ゲバラ、ジュリー・アップメイヤーの3人は、ちょうどこの時期、遊工房で滞在しているアーティスト兼オーガナイザーたちである。私は参加することはできなかったが、その4日後には、ほぼ同じメンバーで、遊工房に場所を変え、マイクロ・レジデンスに関するトークとディスカッションを開催している★3

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アーティスト・イン・レジデンスの現在 13:マリオ・カロ氏インタビュー


1──レズ・アルティス(Res Artis)の歴史

マリオ・カロ──レズ・アルティスは、1992年にアーティスト・イン・レジデンス(以下、レジデンス)に関係する人々が頻繁に出会える方法を確立する必要があると実感した一握りのレジデンス主催者が集まって開かれた非公式の会合から始まりました。最初は人々がざっくばらんに集まり、彼らが中心となって2年ごとに会合が開かれることになりました。そして、いまなおこの当初の目的がレズ・アルティスの主たる存在理由となっています。
すなわち、レジデンス主催者やレジデンスに関心のあるアートの専門家が集い、レジデンスの現場における緊急の課題に対応するための話し合いの機会を提供することなどを目的としています。当時、もっとも差し迫った課題は、世界中でレジデンスが急増し、それにともなう問題に対応するために互いにいかに連携するかということでした。
レズ・アルティスの基本的な活動は専ら、文化交流、アーティストの流動性をうながすことを目指していますが、レズ・アルティスのおもな関心事であり焦点となるのは、レジデンス会員のニーズに応えることです。プログラム活動を通して、私たちはレジデンス・プログラムの主催者が文化的先入観に疑問を投げかけ、世界観を広げるためのクリエイティブなモデルを開発するために不可欠な場を提供しています。

────世界全体で会員は何名いらっしゃるのでしょうか。

カロ──世界全体の会員数を合計すると600名くらいです。私がレズ・アルティスに参加したときには300名を少し超えている程度でした。現在の法人会員数は合計で85です。この間にかなりの発展を遂げたことになりますが、その理由は二つあると私たちは考えています。
ひとつは、組織としての認知度が以前に比べてはるかに高くなったことです。そして、認知度の向上にともない、会員数が増えてきました。しかし、レジデンス活動そのものがかなり発展してきていることも会員数が増えた要因になっていると思います。2009年には韓国で地域会議を開催し、アジア全体とその特有のニーズにも目を向け始めました。レズ・アルティスの会員は現在、日本に8団体、韓国に9団体、中国に12団体となります。

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AIRと私 04:河童、ディレクター、プログラム制作者、その他の生き物について


マックス=フィリップ・アッシェンブレンナー(ドラマトゥルク)

「地球上のある地点まで最大の距離を保てるのは、その場所を離れる瞬間である。なぜならその場所から進むどの一歩も、再びあなたをその場所へと近づけるから」。フランスの作家で、哲学者でもあるヴィクトル・セガレンは1903年に東アジアとポリネシアを旅行していたときに、この空想的な考えを語っている。セガレンは「エキゾチシズムの周旋人(proxénètes de l’exotisme)」にならずに異なるものを経験することを目的とした最初のヨーロッパ人であると考えられる。この引用句の翻訳において見えなくなっている小さいが重要な違いは、ドイツ語の「erfahren」には「経験する」という意味だけでなく、文字通りの意味で「あちこち移動する」という意味もあるということである。

マックス=フィリップ・アッシェンブレンナー氏

マックス=フィリップ・アッシェンブレンナー氏

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『アーカスプロジェクト10周年記念誌』



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『地域創造』2010 Spring, Vol.27



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『ようこそレジデンスへ。──トーキョーワンダーサイト クリエーター・イン・レジデンス 2006-2010』



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『Magazine for Document & Critic:AC2[エー・シー・ドゥー]』No.12



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AIRと私 03:青森の静かな思いやり


サンヒ・ソン(アーティスト)

現在、私はアムステルダムに在住し、働いています。ここアムステルダムで、冷たい空気に包まれ、カラスの鳴き声を遠くに聞くとき、私は青森の森へと思いを馳せます。国際芸術センター青森(ACAC)のレジデンシー・スタジオを背にして、森へと歩くと、深い森の香りのなかに枯葉を踏む私の足音が響きました。私がACACのアーティスト・イン・レジデンス・プログラムに滞在した3カ月間で平和と安心を見出したのは、この森と空でした。
アーティストとして生きるということ、それはすなわち、心のなかになにか居心地の悪さや刺々しさを抱えて生きるということです。足元が歪み揺れているような感覚に襲われ、不安と困惑とぎこちなさといった感情と、つねに向き合っています。しかし、このような感覚を経験するとき、私の眼には多くのことが映り、私の心に傷を残すのです。美術家のバーバラ・クルーガーがかつて、著書『Your body is a battleground』に記したように、アーティストとしての私は、まるで戦場にいるかのようです。心に残された傷が熱くなり、答えのない苦しい時間と戦うのです。唯一の答えは、芸術作品に没頭すること(黙って作品をつくればいいんです:))、または、どこか創作のできるところへ行くしかないのです。その場所が、私にとっては青森でした。

サンヒ・ソンによるACACでのインスタレーション
©Tadasu Yamamoto

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AIRと私 02:秋吉台国際芸術村で学んだことと創作活動


ヘイニ・ヌカリ(パフォーマー)

2007年、私は秋吉台国際芸術村(AIAV)のアーティスト・イン・レジデンス・プログラム「trans_2006-2007」へ招へいされました。日本へ行くのは初めてであり、私は新天地で過ごす70日間をたいへん楽しみにしていました。2007年は、さまざまな国から来た3人のアーティストたちとともに、各自プロジェクトに取り組み、その後も、2008年、2010年、2011年にフェロー・アーティストとしてAIAVに戻りました。レジデンス・プログラムの経験を通じて出会った日本文化や自然、そして日本の人々が、私の創作活動における貴重かつ持続的な、インスピレーションの源泉となっています。
私の作品制作では、動くものや声、そして音を使います。また、作曲や振り付けを考えたり、楽器の演奏もします。人の身体の可能性や、その世界や自然および人間との関わりを探ることが、私の仕事です。すなわち、外国へ行き、異文化のなかで時を過ごすことそのものが、自分の作品にとって重要な一部なのです。私は、人間の身体表現の可能性を探るなかで、地理的・文化的な背景も探究しています。人と環境との関わり合いが、いかに私たちの表現方法の創造性に影響するかに高い関心を寄せているのです。また、アートを経験し創造することは、世界のすべての人々の幸せに寄与することだと信じています。

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